Chapter 3 要件定義
「決まって いないこと」を決めない技術

要件定義は、多くのITプロジェクトにおいて
最も誤解され、最も破壊力の高い工程です。
要件定義とは、
-
すべてを決める工程
-
細部まで固める工程
だと思われがちですが、
それは 要件定義の失敗パターン です。
この章では、
**「要件定義をどう進めるべきか」**を
実務の視点で整理します。
3-0. 要件定義の前に必ず通る3つの関門

要件定義は、
「作り方を決める工程」ではありません。
誰と、どこまで、どの責任で進めるかを確定させる工程です。
そのためには、
要件定義に入る前に、
必ず通過しなければならない3つの関門があります。
これを飛ばしたプロジェクトは、
ほぼ例外なく後工程で破綻します。
3-0-1. RFI|知らないまま決めない
RFI(Request For Information)は、
**「情報収集の工程」**です。
ここでやるべきことは、
要件を決めることではありません。
RFIの本質的な目的
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市場にどんな選択肢があるのかを知る
-
技術的に何が可能で、何が難しいかを把握する
-
想像と現実のズレを認識する
つまり、
「知らない状態で決断しない」ための工程です。
RFIを飛ばすと起きること
-
実現不可能な前提で要件を作る
-
特定ベンダーの思惑に引きずられる
-
「後で分かる」問題が山のように出る
これは、
要件定義の失敗ではありません。
RFIをやらなかった時点での敗北です。
RFIで決めてはいけないこと
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採用技術の確定
-
実装方式の断定
-
工数・金額の確定
RFIは、
可能性を知る工程であって、決断する場ではない
ということを忘れてはいけません。
3-0-2. RFP|要求と責任を文章化する
RFP(Request For Proposal)は、
要件定義と最も混同されやすい工程です。
しかし役割は明確に違います。
RFPの役割
-
何をやりたいのか
-
どこまでを求めているのか
-
誰が何に責任を持つのか
これらを
第三者に伝わる文章として固定する工程です。
要件定義とRFPの違い
-
要件定義:内部向け(判断と整理)
-
RFP:外部向け(要求と条件の提示)
RFPは、
**「ベンダーに考えさせるための資料」**であり、
「答えを書いてあげる資料」ではありません。
RFPに必ず含めるべき要素
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プロジェクトの目的・背景
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成功条件と評価基準
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対象範囲と除外範囲
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制約条件(期限・予算・法的制限)
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役割分担・責任範囲
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契約前提・変更時の考え方
これが曖昧なRFPは、トラブルの予約券です。
3-0-3. ベンダー選定|価格ではなく責任で選ぶ
ベンダー選定は、
見積比較の工程ではありません。
責任の分配を決める工程です。
価格で選ぶと何が起きるか
-
安く見せるために前提条件が削られる
-
責任範囲が曖昧なまま契約される
-
問題が起きた瞬間に「契約外」と言われる
これは、
ベンダーが悪いのではありません。
選び方を間違えているだけです。
正しいベンダー選定の視点
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不確実性をどう扱うか
-
変更が発生した時の考え方
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判断のエスカレーションルート
-
プロジェクトにどこまで関与する覚悟があるか
ここを見ずに
金額だけを見ると、
必ず後で高くつきます。
ベンダー選定で必ず確認すべきこと
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誰が最終責任者か
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人が変わった場合の引き継ぎ体制
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判断を止めないための関与レベル
-
「できない」と言えるかどうか
安請け合いをするベンダーは、
良いベンダーではありません。
3-0 のまとめ
RFI・RFP・ベンダー選定は、
要件定義の前段ではありますが、
プロジェクトの運命をほぼ決める工程です。
ここを通らずに始めるプロジェクトは、
-
誰も全体責任を取らず
-
誰も正しい判断をせず
-
最後に現場が潰れます
要件定義とは、
この3つの関門を通過した者だけが入れる領域です。
3-1. 要件定義の目的を最初に誤解しない
要件定義の目的は、
仕様書を完成させることではありません。
本当の目的は、次の3つです。
-
プロジェクトの判断基準を固定する
-
誰が何を決めるかを明確にする
-
未確定事項を「未確定」として共有する
つまり要件定義とは、
決断のための土台を作る工程です。
ここを誤解すると、
要件定義はただの「作業」になります。
3-2 「決めること」と「決めないこと」を最初に分離する
要件定義の最初にやるべきことは、
要件を詰めることではありません。
決めるべきことと、決めてはいけないことを分けることです。
決めるべきこととは、
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プロジェクトの目的・成功条件
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対象業務と範囲
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利用者と利用シーン
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制約条件(期限・予算・法的制限)
-
判断者と承認ルール
これらは、
現時点で事実として判断できることです。
一方で、
次のものは決めてはいけません。
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実装方法の詳細
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将来業務の細かい動き
-
未検証の運用ルール
-
特定の人のスキルに依存した前提
これらは、
まだ分からないことです。
3-3. 未確定事項を「未確定」として記録する
多くのプロジェクトでは、
未確定事項が次のように扱われます。
-
とりあえず決めたことにする
-
書類上は確定にする
-
あとで変えればいいと思う
これが、後工程での炎上の原因です。
正しい進め方は、
-
未確定事項は未確定として記録する
-
いつ・誰が・何をもって確定するかを決める
-
変更時の影響範囲を明示する
要件定義書に
**「未確定事項リスト」**が存在しない場合、
その要件定義は不完全です。
3-4. 要件定義を「合意形成の場」にしない
要件定義は、
合意形成の場ではありません。
合意形成は、
すでに Chapter 2(企画・提案)で終わっているべきです。
要件定義で次のことが起きている場合、
危険信号です。
-
方針の議論が始まる
-
ゴールの話に戻る
-
責任者が決断を避ける
要件定義は、
決まった前提を具体化する工程であり、
前提を作り直す場ではありません。
3-5. 要件定義書は「契約書の補助資料」である
要件定義書は、
設計書ではありません。
また、
運用マニュアルでもありません。
契約書を実行可能にするための補助資料です。
そのため、要件定義書には次が必要です。
-
契約範囲との対応関係
-
変更が発生した場合の扱い
-
契約外となるケースの明示
これがない要件定義書は、
後工程で必ず揉めます。
3-6. 要件定義を「守るための武器」にする
正しく作られた要件定義は、
現場を縛るものではありません。
現場を守るための武器です。
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無理な追加要求を断れる
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判断を上に戻せる
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感情論を排除できる
要件定義が弱いと、
現場はすべてを背負うことになります。
3-7. この章のまとめ
要件定義とは、
-
すべてを決める工程ではない
-
曖昧さを排除する工程でもない
**「曖昧さを管理する工程」**です。
決められないことを、
決めたことにしない。
これが守られない限り、
プロジェクトは壊れ続けます。
要件定義が正しく行われたプロジェクトでは、
開発フェーズが驚くほど静かになります。
なぜなら、
判断すべきことが、すでに判断されているからです。
次章では、
この要件定義を前提に、
設計・開発フェーズをどう回すかを扱います。





