挑戦とは、自分の物差しを壊すこと
- 奧村 哲次

- 16 時間前
- 読了時間: 4分

高所恐怖症の私が、スカイダイビングをした日
昔、高所恐怖症の私がスカイダイビングに挑戦したことがある。
サーフィンは長年やっている。
頭半を超える波に入ることもある。
もちろん怖い。
自然相手だから油断はできないし、コンディションによっては危険もある。
だから普段なら、頭半クラスの波を見ると少し身構える。
しかし、スカイダイビングはまったく別物だった。
飛行機のドアが開いた瞬間、足元には何もない。
海もない。
地面もない。
ただ空だけだった。
高所恐怖症の私にとっては、本当に恐ろしかった。
正直、飛び出す直前は人生でもトップクラスの恐怖だったと思う。
それでも飛んだ。
地球を俯瞰した瞬間
そして、その後に見た景色は今でも忘れられない。
地球が丸かった。
いや、正確には少し違う。
私はその時、初めて地球を俯瞰した。
普段、自分たちは地上で生きている。
目の前の仕事
目の前の人間関係
目の前の悩み
目の前の問題
すべてを下から見ている。
だから大きく見える。
しかし空から見ると違った。
街は小さい。
道路も小さい。
海も小さい。
人なんて見えない。
地上ではあれほど大きく感じていた世界が、小さく見えた。
その時に気付いた。
世界が変わったのではない。自分の見ている位置が変わったのだ。
翌日のサーフィンで起きた変化
翌日、サーフィンへ行った。
波は頭半くらいあった。
普段なら少し身構えるサイズだ。
しかし不思議なことに、まったく怖くなかった。
昨日、空から地球を見下ろしていた。
地球規模で物事を見た後では、頭半の波が以前ほど大きく感じなかった。
波が小さくなったわけではない。
自分が強くなったわけでもない。
ただ、
自分の中の物差しが変わったのである。
恐怖を克服したというより、
恐怖の基準そのものが変わった。
挑戦の本当の価値
今振り返ると、人生も仕事も同じだった気がする。
新しいことに挑戦するとき、人は能力を身につけようとする。
知識を増やそうとする。
経験を積もうとする。
もちろんそれも大切だ。
しかし、本当に価値があるのは別のところにある。
挑戦とは、自分の物差しを壊してくれる。
今まで大きく見えていたものが小さく見えるようになる。
今まで怖かったものが怖くなくなる。
今まで無理だと思っていたことが、意外とできそうに思えてくる。
私がこれまで挑戦してきたこと
私自身、これまで様々な挑戦をしてきた。
がんとの闘い
独立
会社経営
新規事業
AI開発
透明サーフボードの開発
どれも最初は大きな壁だった。
しかし新しい挑戦をするたびに、それまでの壁は少しずつ小さくなっていった。
その度に、自分の物差しが更新されてきたのだと思う。
今の私の挑戦
最近は別の種類の挑戦をしている。
以前の私は、自分で決めて、自分で進めることが多かった。
だから、
「こうした方がいい」
「こちらの方が効率的だ」
と思えば、そのまま進めることができた。
しかし今は違う。
お客様がいる。
組織がある。
歴史がある。
それぞれに事情がある。
自分が正しいと思うことを伝えるだけでは前に進まない。
相手の立場を理解し、
相手の景色を見て、
相手の物差しを理解しながら進めることが求められる。
これは決して誰かが悪いという話ではない。
むしろ今までの私に足りなかった視点なのかもしれない。
スカイダイビングで地球を俯瞰したように、
今は人や組織を俯瞰して見ることを学んでいる。
次の挑戦は何だろう
そして考える。
次の挑戦は何だろう。
スカイダイビングのような挑戦かもしれない。
透明サーフボードを世界へ届けることかもしれない。
AIで誰かの人生の時間を増やすことかもしれない。
まだ分からない。
でも一つだけ分かっている。
人生を変えてくれたのは、いつも挑戦だった。
挑戦とは、何かを手に入れることではない。
挑戦とは、
自分の物差しを壊すことだ。
そして物差しが変わると、見える世界も変わる。
私はまた、次の景色を見てみたいと思う。



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