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サーフィンが上達した理由。技術ではなく「恐怖」だった。

海で波に乗るサーファーと「サーフィンが上達した理由」というタイトル画像
責任が増えるほど、人は無意識に挑戦を避ける。サーフィンを通じて見えた「恐怖と成長」の関係。

最近、自分でも不思議に思っていることがある。


サーフィンが上達している。


しかも、海に入る回数は昔より圧倒的に減っている。


最近は基本的に週末だけ。

土日のどちらか、もしくは両日入ったとしても1ラウンドずつ程度だ。


昔の方が海に入る回数は多かった。

それなのに、最近の方が良いライディングが増えている。


先日も、レギュラーでもグーフィーでも気持ちよくリップができた。

もちろん、プロから見れば大したことではない。

それでも25年以上サーフィンを続けている自分自身が、

「今の方が良いサーフィンをしている」

と感じる瞬間が増えている。


なぜだろう。


そう考えたとき、答えは技術ではなく、心の状態にある気がした。


経営者時代の見えないブレーキ

私は約12年間、一人で会社を経営してきた。

社員はいなかった。


だから「従業員に迷惑がかかる」という責任ではない。


しかし、別の責任は常に背負っていた。

自分が倒れたら売上が止まる。

自分が怪我をしたら仕事が止まる。

自分が働けなくなれば顧客に迷惑がかかる。

当然、家族にも影響する。


一人社長というのは自由に見えるが、実際には会社そのものが自分自身でもある。

だから無意識のうちに、

「絶対に怪我をしてはいけない」

という考えが常に頭のどこかにあった。


もちろん、それは間違いではない。

経営者として必要な責任感だったと思う。


ただ、その責任感がサーフィンにおいては見えないブレーキになっていたのかもしれない。


攻めることをやめていた

サーフィンは不思議なスポーツだ。


上達するためには挑戦しなければならない。

少し遅いテイクオフ。

少し深いポジション。

少し強いターン。

少し大きな波。

少し難しいセクション。

そこに挑戦しなければ上手くならない。


しかし怪我を恐れると、人は無意識に安全な選択をする。


失敗しないラインを選ぶ。

無理をしない。

危険そうならやめる。

それ自体は悪いことではない。


だが、その積み重ねによって挑戦する回数が減っていく。

今振り返ると、私はサーフィンを楽しんでいたつもりで、実はどこかで守りのサーフィンをしていたのかもしれない。


立場が変わると波の見え方も変わる

最近は立場が変わった。


責任がなくなったわけではない。


むしろ年齢も重ねているし、今でも仕事はしている。


ただ、以前と比べると精神的な余白は確実に増えた。

すると不思議なことが起きた。


波に対して攻められるようになったのである。

以前なら見送っていた波に乗る。

以前なら躊躇していたポジションに入る。

以前ならやらなかった動きを試してみる。

結果として失敗も増える。


しかし成功も増える。


そして気づけば、海に入る回数が減っているにもかかわらず、以前より上達している感覚がある。


恐怖は人の成長を止める

これはサーフィンだけの話ではないと思う。

仕事も同じだ。


多くの企業は技術や人材が足りないのではない。

失敗への恐怖や責任への不安によって、

自ら挑戦することをやめてしまっている。


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