がん告知から5,426日。私は、がんを「倒した」のではない

2011年12月4日。
34歳だった私は、精巣がんのStage4だと告知されました。
あの日から今日、2026年10月12日まで、5,426日。
約14年10か月という時間が流れました。
「がんと向き合ってきた」と一言で表現することはできます。
しかし、実際の5,426日は、そんなに単純なものではありませんでした。
怖さ、不安、痛み、悔しさ。
そして、「自分はこの先、どうなるのだろう」という、答えのない問い。
がんを経験する前の私は、人生にはまだ十分な時間があると思っていました。
明日も、その次の日も、当たり前のように続いていく。
どこかで、そう信じていたのだと思います。
しかし、がんの告知によって、その「当たり前」は一瞬で壊れました。
命には限りがある。
誰もが知っている言葉です。
けれど、自分の命の問題として突きつけられたとき、その意味はまったく違うものになります。
がんを「乗り越えた」と言い切れない理由
私は、がんと闘ってきたのかもしれません。
ただ、今振り返ると、ずっと闘い続けてきたという感覚とも少し違います。
がんを忘れて過ごしている日もありました。
再発や体調の変化が怖くなる日もありました。
生きていることに感謝できる日もあれば、仕事や人間関係の些細なことで腹を立てる日もありました。
大きな病気を経験したからといって、突然、立派な人間になれるわけではありません。
それでも、私の中で確実に変わったものがあります。
それは、「いつかやろう」を、できるだけ減らそうとする意識です。
失敗よりも、何もしないことが怖くなった
私はその後、会社をつくり、12年間経営しました。
本を書き、連載を持ち、多くの仕事や人と関わってきました。
そして、廃棄されるペットボトルを活用した、透明なサーフボードも開発しました。
どれも、最初から成功が約束されていたものではありません。
うまくいかないことも、理解されないことも、何度もありました。
それでも挑戦できたのは、2011年12月4日に、自分の人生には終わりがあると知ったからだと思います。
失敗することよりも、何もせずに人生が終わることのほうが怖い。
そう思うようになりました。
生き延びた後にも、人生は続く
がんを経験すると、「生きているだけで幸せでしょう」と言われることがあります。
もちろん、生きていること自体が奇跡です。
しかし、生き延びた後にも生活は続きます。
仕事の悩みもあります。
人間関係に迷うこともあります。
新しい病気や身体の不調に直面することもあります。
がんを乗り越えれば、すべてが解決するわけではありません。
だから私は、がんを「乗り越えた」と言い切ることに、少し違和感があります。
がんは、過去の出来事であると同時に、今の私をつくっている一部です。
消し去るものでも、勝ち負けを決める相手でもない。
その経験を抱えたまま、今日をどう生きるか。
それが、私にとって「がんと向き合う」ということなのだと思います。
5,426日は、私一人で生きた時間ではない
告知から5,426日。
ここまで生きてこられた時間は、私一人の力で得たものではありません。
医療に携わってくださった方々。
家族や友人。
仕事を通じて出会った方々。
多くの人たちの支えがあって、今の私があります。
自分の力で生きてきたつもりでも、振り返ってみれば、何度も誰かに助けられてきました。
直接、命を救ってくれた人もいます。
言葉や行動によって、前を向かせてくれた人もいます。
自分では気づかないところで、支えてくれていた人もいます。
5,426日という数字は、私だけの時間ではありません。
私に関わってくれた多くの人たちと、一緒に積み重ねてきた時間でもあります。
150歳まで生き、100歳でサーフィンをする
私は、150歳まで生きることを目標にしています。
そして、100歳でショートボードに乗り、ギネス記録に挑戦したいと本気で考えています。
無謀だと思われるかもしれません。
そんなに長く生きられるはずがないと思う人もいるでしょう。
しかし、一度、命の終わりを強く意識した私だからこそ、残りの人生を小さくまとめたくありません。
何歳まで生きられるかは、誰にも分かりません。
150歳まで生きられる保証もありません。
100歳までサーフィンを続けられるかどうかも分かりません。
けれど、どこを目指して今日を生きるのかは、自分で決めることができます。
できるかどうか分からないから諦めるのではなく、できる可能性が少しでもあるなら、その方向へ進みたい。
それが、がんを経験した後の私が選んだ生き方です。
がんになって良かったとは思わない
私は、がんになったことを「良かった」とは思いません。
経験しなくて済むのであれば、そのほうが良かった。
苦しみや恐怖を無理に美しい物語へ変える必要もないと思っています。
病気になったから成長できた。
病気になったから幸せに気づけた。
そのような言葉だけでは表現できない現実があります。
それでも、その経験から受け取ったものはあります。
時間は有限であること。
当たり前の日常は、決して当たり前ではないこと。
やりたいことを「いつか」に先送りしているうちに、その機会自体がなくなるかもしれないこと。
そして、人は生きている限り、何度でも新しい人生を始められること。
がんになったこと自体を肯定するのではなく、がんを経験した自分が、その後の人生をどう生きるのか。
私は、そこに意味があると思っています。
がんと向き合うとは、今日を選び続けること
5,426日を経た今、私はこう思います。
がんと向き合うとは、毎日、がんのことを考えることではありません。
病気を忘れて笑う日があってもいい。
仕事に夢中になり、がんのことをまったく思い出さない日があってもいい。
海に入り、波のことだけを考える時間があってもいい。
ただ、がんによって知った「命の有限性」を忘れず、自分が本当に生きたい人生を選び続ける。
それが、私にとって「がんと向き合う」ということです。
私はこれからも挑戦します。
仕事も、ものづくりも、発信も、サーフィンも。
失敗し、迷い、ときには立ち止まりながら、それでも前へ進みます。
完璧な人間にはなれません。
いつも前向きでいられるわけでもありません。
それでも、今日という一日を、できるだけ自分の意思で選びたい。
2011年12月4日に、終わるかもしれないと思った人生は、その後も5,426日続きました。
これは余生ではありません。
私にとっては、ここからも続いていく、本番の人生です。
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