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人間的な成功とは、何だろう

19 時間前
読了時間: 7分
夕日に染まるロンボク島の海辺で笑顔を見せる奥村哲次と、「人間的な成功とは、何だろう」というブログタイトル
成功とは、いくら稼いだかではなく、何を大切にして生きたか。 私も「人間的な成功」を求めながら、人生の途中を歩んでいます。

これまで私は、経営者、会社員、コンサルタントとして、多くの人と仕事をしてきた。

会社を大きくした人。高い年収を得ている人。大企業で出世した人。社内で大きな権限を持っている人。

お金を稼ぐことや、社会的な地位を得ることに成功している人は、確かにいる。

一方で最近、私は「人間的に成功するとは、どういうことなのだろう」と考えるようになった。

これは誰かを評価したり、批判したりするための話ではない。

私自身もまだ、人間的な成功を求めている途中にいるからだ。


数字で測れる成功はわかりやすい

資本主義社会では、売上、利益、年収、役職、資産などが成功の基準として使われる。

数字は客観的で、他人とも比較しやすい。会社であれば売上が増えることで評価され、個人であれば年収や役職が上がることで、成功したと見られる。

もちろん、売上や利益は大切である。

会社を継続するためには利益が必要であり、従業員の生活を守るためにも、一定の売上を確保しなければならない。

私自身も会社を経営してきたので、その重要性は十分に理解している。経営を続けるために数字を追い、売上をつくることに必死になった時期もある。

だから、売上を求めること自体が悪いとは思わない。

ただ、数字を優先するあまり、もっと大切なものを見失ってしまうことがある。

それは他人だけの話ではなく、私自身にも起こり得ることだと思っている。


売上が目的になっていないか

会社の売上を増やすこと。事業部の目標を達成すること。自分の評価を上げ、出世すること。

組織で働く以上、どれも必要なことかもしれない。

しかし、売上や評価を求めることが目的になると、少しずつ判断の軸が変わっていく。

部下が疲弊していても、数字を優先する。現場の状況を十分に確認せず、仕事を引き受ける。顧客に本当に必要かどうかより、売れるかどうかを考える。事業部の数字を守るため、他部署へ負担を押しつける。自分の評価につながる仕事だけを選ぶ。成果は自分のものにして、問題が起きれば誰かの責任にする。

表向きは「会社のため」「顧客のため」と説明していても、実際には自分の立場を守るための判断になっていることもある。

私自身も、自分の判断が本当に相手のためなのか、それとも自分を守るためなのか、立ち止まって考えなければならないと感じている。

問題なのは、売上を上げることではない。

売上が目的となり、人がそのための手段になってしまうことである。


自分の中にもある未熟さ

人間的な未熟さは、特別な誰かだけが持っているものではない。

私の中にもある。

自分より立場の弱い人に、知らないうちに強く接していないか。相手の肩書きによって、態度を変えていないか。損得で人間関係を判断していないか。自分の間違いを、素直に認められているか。他人の成功を、心から喜べているか。家族や身近な人を、本当に大切にできているか。自分の正しさを押し通すことで、相手を傷つけていないか。

頭ではわかっていても、いつも正しく行動できるとは限らない。

仕事に追われて余裕がなくなれば、周囲への配慮が足りなくなることもある。自分の正しさを証明したい気持ちが強くなり、相手の考えを十分に聞けなくなることもある。

私も、後になって「あの言い方はよくなかった」「もっと相手の立場を考えるべきだった」と反省することがある。

だから私は、人間的な成功について、他人に答えを示せる立場ではない。

自分自身も、その答えを探している途中なのである。


立場を持ったときに問われること

自分より立場が上の人に丁寧に接することは、それほど難しくない。その人に嫌われれば、自分が不利益を受ける可能性があるからだ。

難しいのは、自分より立場の弱い人にも、同じように敬意を持って接することである。

部下の意見をきちんと聞けるか。失敗した人を必要以上に責めず、次につながる機会を与えられるか。成果を出した人を正当に評価できるか。自分に利益をもたらさない相手にも誠実でいられるか。問題が起きたとき、責任者として矢面に立てるか。

肩書きや権限は、その人を立派にするものではない。

むしろ、それを持ったときにどのように振る舞うかによって、その人の未熟さも含めた本質が表れるのだと思う。

これは、私自身への戒めでもある。


私が考える人間的な成功

人間的な成功とは、完璧な人格者になることではないと思う。

人間だから、間違える。腹が立つこともある。判断を誤ることもある。知らないうちに誰かを傷つけることもある。

大切なのは、自分の未熟さを認め、少しずつ修正し続けることではないだろうか。

間違えたときに謝ること。立場の弱い人にも敬意を持つこと。誰も見ていないところでも誠実でいること。他人の成功を一緒に喜ぶこと。家族や身近な人を大切にすること。自分だけでなく、周囲の幸せについても考えること。

そして、お金や肩書きがなくなったとしても、そばにいてくれる人がいること。

これらは決算書にも、人事評価にも表れない。

しかし、人生において本当に大切なのは、このような数字に表れないものなのかもしれない。


会社の成長と、人の幸せを両立させたい

売上を追求することと、人を大切にすることは、本来、対立するものではない。

顧客に本当に必要な価値を提供する。働く人が成長できる環境をつくる。取引先と長期的な信頼関係を築く。その結果として、売上と利益が生まれる。

私は、これが健全な事業の姿だと思っている。

しかし、現実には簡単ではない。

会社を経営していれば、理想だけでは乗り越えられない場面もある。厳しい判断をしなければならないこともある。

だからこそ、自分が何を優先しているのかを、何度も確認する必要がある。

数字をつくるために、人を動かしていないか。契約を取るために、必要以上の期待を持たせていないか。自分の評価を上げるために、現場へ無理をさせていないか。短期的な成果のために、長期的な信頼を犠牲にしていないか。

会社が数字の上では成長していても、そこで働く人が次々と疲弊していくのであれば、それを本当の成長と呼べるのか。

この問いは、組織だけでなく、私自身にも向け続けたい。


成功したように見えることよりも

立派な肩書き。高い年収。大きな売上。華やかな人脈。

それらを持っている人は、社会的には成功者と呼ばれる。

しかし、それだけでは、その人が本当に幸せなのかはわからない。周囲の人を幸せにしているかどうかもわからない。

だから私は、成功を「何を持っているか」だけではなく、その人が日々どのように生きているかで考えたい。

いくら稼いだかではなく、その力を何に使ったのか。どんな役職に就いたかではなく、その立場で誰を守ったのか。どれだけ多くの人とつながったかではなく、どのような信頼関係を築いたのか。

そして、その基準を他人だけでなく、自分自身にも向けたい。


私も、人間的な成功を求めている

私はまだ、人間的に成功したとは思っていない。

今も迷う。失敗する。人を傷つけてしまうこともある。自分の考えに固執し、周囲が見えなくなることもある。

それでも、自分の未熟さから目をそらさず、少しずつでも成長していきたい。

お金や肩書きだけに支配されず、自分の信念を持って生きること。大切な人を、本当に大切にすること。自分とは異なる考えにも耳を傾けること。誰かの役に立つ力を身につけ、その力を正しく使うこと。

それが、私の求めている人間的な成功である。

人生の最後に残るのは、銀行口座の数字でも、名刺に書かれた役職でもない。

「この人と出会えてよかった」「この人と一緒に仕事ができてよかった」「この人がいてくれてよかった」

そう思ってくれる人がいること。

そして自分自身も、

「完璧ではなかったけれど、自分なりに誠実に生きた」

そう思えること。

何を手に入れたかではなく、何を大切にして生きたのか。

私も、その意味での成功を求めながら、これからの人生を歩んでいきたい。


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