人間的な成功とは、何だろう

これまで私は、経営者、会社員、コンサルタントとして、多くの人と仕事をしてきた。
会社を大きくした人。高い年収を得ている人。大企業で出世した人。社内で大きな権限を持っている人。
お金を稼ぐことや、社会的な地位を得ることに成功している人は、確かにいる。
一方で最近、私は「人間的に成功するとは、どういうことなのだろう」と考えるようになった。
これは誰かを評価したり、批判したりするための話ではない。
私自身もまだ、人間的な成功を求めている途中にいるからだ。
数字で測れる成功はわかりやすい
資本主義社会では、売上、利益、年収、役職、資産などが成功の基準として使われる。
数字は客観的で、他人とも比較しやすい。会社であれば売上が増えることで評価され、個人であれば年収や役職が上がることで、成功したと見られる。
もちろん、売上や利益は大切である。
会社を継続するためには利益が必要であり、従業員の生活を守るためにも、一定の売上を確保しなければならない。
私自身も会社を経営してきたので、その重要性は十分に理解している。経営を続けるために数字を追い、売上をつくることに必死になった時期もある。
だから、売上を求めること自体が悪いとは思わない。
ただ、数字を優先するあまり、もっと大切なものを見失ってしまうことがある。
それは他人だけの話ではなく、私自身にも起こり得ることだと思っている。
売上が目的になっていないか
会社の売上を増やすこと。事業部の目標を達成すること。自分の評価を上げ、出世すること。
組織で働く以上、どれも必要なことかもしれない。
しかし、売上や評価を求めることが目的になると、少しずつ判断の軸が変わっていく。
部下が疲弊していても、数字を優先する。現場の状況を十分に確認せず、仕事を引き受ける。顧客に本当に必要かどうかより、売れるかどうかを考える。事業部の数字を守るため、他部署へ負担を押しつける。自分の評価につながる仕事だけを選ぶ。成果は自分のものにして、問題が起きれば誰かの責任にする。
表向きは「会社のため」「顧客のため」と説明していても、実際には自分の立場を守るための判断になっていることもある。
私自身も、自分の判断が本当に相手のためなのか、それとも自分を守るためなのか、立ち止まって考えなければならないと感じている。
問題なのは、売上を上げることではない。
売上が目的となり、人がそのための手段になってしまうことである。
自分の中にもある未熟さ
人間的な未熟さは、特別な誰かだけが持っているものではない。
私の中にもある。
自分より立場の弱い人に、知らないうちに強く接していないか。相手の肩書きによって、態度を変えていないか。損得で人間関係を判断していないか。自分の間違いを、素直に認められているか。他人の成功を、心から喜べているか。家族や身近な人を、本当に大切にできているか。自分の正しさを押し通すことで、相手を傷つけていないか。
頭ではわかっていても、いつも正しく行動できるとは限らない。
仕事に追われて余裕がなくなれば、周囲への配慮が足りなくなることもある。自分の正しさを証明したい気持ちが強くなり、相手の考えを十分に聞けなくなることもある。
私も、後になって「あの言い方はよくなかった」「もっと相手の立場を考えるべきだった」と反省することがある。
だから私は、人間的な成功について、他人に答えを示せる立場ではない。
自分自身も、その答えを探している途中なのである。
立場を持ったときに問われること
自分より立場が上の人に丁寧に接することは、それほど難しくない。その人に嫌われれば、自分が不利益を受ける可能性があるからだ。
難しいのは、自分より立場の弱い人にも、同じように敬意を持って接することである。
部下の意見をきちんと聞けるか。失敗した人を必要以上に責めず、次につながる機会を与えられるか。成果を出した人を正当に評価できるか。自分に利益をもたらさない相手にも誠実でいられるか。問題が起きたとき、責任者として矢面に立てるか。
肩書きや権限は、その人を立派にするものではない。
むしろ、それを持ったときにどのように振る舞うかによって、その人の未熟さも含めた本質が表れるのだと思う。
これは、私自身への戒めでもある。
私が考える人間的な成功
人間的な成功とは、完璧な人格者になることではないと思う。
人間だから、間違える。腹が立つこともある。判断を誤ることもある。知らないうちに誰かを傷つけることもある。
大切なのは、自分の未熟さを認め、少しずつ修正し続けることではないだろうか。
間違えたときに謝ること。立場の弱い人にも敬意を持つこと。誰も見ていないところでも誠実でいること。他人の成功を一緒に喜ぶこと。家族や身近な人を大切にすること。自分だけでなく、周囲の幸せについても考えること。
そして、お金や肩書きがなくなったとしても、そばにいてくれる人がいること。
これらは決算書にも、人事評価にも表れない。
しかし、人生において本当に大切なのは、このような数字に表れないものなのかもしれない。
会社の成長と、人の幸せを両立させたい
売上を追求することと、人を大切にすることは、本来、対立するものではない。
顧客に本当に必要な価値を提供する。働く人が成長できる環境をつくる。取引先と長期的な信頼関係を築く。その結果として、売上と利益が生まれる。
私は、これが健全な事業の姿だと思っている。
しかし、現実には簡単ではない。
会社を経営していれば、理想だけでは乗り越えられない場面もある。厳しい判断をしなければならないこともある。
だからこそ、自分が何を優先しているのかを、何度も確認する必要がある。
数字をつくるために、人を動かしていないか。契約を取るために、必要以上の期待を持たせていないか。自分の評価を上げるために、現場へ無理をさせていないか。短期的な成果のために、長期的な信頼を犠牲にしていないか。
会社が数字の上では成長していても、そこで働く人が次々と疲弊していくのであれば、それを本当の成長と呼べるのか。
この問いは、組織だけでなく、私自身にも向け続けたい。
成功したように見えることよりも
立派な肩書き。高い年収。大きな売上。華やかな人脈。
それらを持っている人は、社会的には成功者と呼ばれる。
しかし、それだけでは、その人が本当に幸せなのかはわからない。周囲の人を幸せにしているかどうかもわからない。
だから私は、成功を「何を持っているか」だけではなく、その人が日々どのように生きているかで考えたい。
いくら稼いだかではなく、その力を何に使ったのか。どんな役職に就いたかではなく、その立場で誰を守ったのか。どれだけ多くの人とつながったかではなく、どのような信頼関係を築いたのか。
そして、その基準を他人だけでなく、自分自身にも向けたい。
私も、人間的な成功を求めている
私はまだ、人間的に成功したとは思っていない。
今も迷う。失敗する。人を傷つけてしまうこともある。自分の考えに固執し、周囲が見えなくなることもある。
それでも、自分の未熟さから目をそらさず、少しずつでも成長していきたい。
お金や肩書きだけに支配されず、自分の信念を持って生きること。大切な人を、本当に大切にすること。自分とは異なる考えにも耳を傾けること。誰かの役に立つ力を身につけ、その力を正しく使うこと。
それが、私の求めている人間的な成功である。
人生の最後に残るのは、銀行口座の数字でも、名刺に書かれた役職でもない。
「この人と出会えてよかった」「この人と一緒に仕事ができてよかった」「この人がいてくれてよかった」
そう思ってくれる人がいること。
そして自分自身も、
「完璧ではなかったけれど、自分なりに誠実に生きた」
そう思えること。
何を手に入れたかではなく、何を大切にして生きたのか。
私も、その意味での成功を求めながら、これからの人生を歩んでいきたい。
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