話を聞いてもらえなくなる人の共通点
- 奧村 哲次

- 11 時間前
- 読了時間: 4分

「正しいことを言っているはずなのに、なぜか人が離れていく」
そんな違和感を覚えたことはないでしょうか。
理屈は通っている。
内容も間違っていない。
むしろ、整理されていて、論理的ですらある。
それでも、
話を聞いてもらえなくなる人がいます。
この問題は、
正論かどうか、頭が良いかどうか、構造を理解しているかどうか、
そういった話ではありません。
もっと単純で、
もっと残酷な現実の話です。
結論から言います
人は、「面倒な人」とは話しません。
正しいかどうかは関係ありません。
誠実かどうかも関係ありません。
「面倒だ」と感じた瞬間、
人は静かに距離を取ります。
これは感情論ではなく、
日常の人間関係で繰り返されている、ごく普通の行動です。
話を聞いてもらえなくなる人の典型的な特徴
多くの場合、本人は悪気がありません。
むしろ「良かれと思って」やっています。
しかし、周囲からは、次のように見えています。
正論を長く言い続ける
相手がもう十分だと感じていることに気づけない
相手の反応を待たずに説明を重ねる
有難迷惑な状態になっていることを自覚できない
これは人格の問題ではありません。
行為としての事実です。
どれだけ正しいことを言っていても、
どれだけ筋が通っていても、
説明が長く、繰り返され、止まらなければ、人は疲れます。
人は、最初はちゃんと聞いています
ここが勘違いされがちな点ですが、
人は最初から冷たいわけではありません。
相槌を打つ
質問もする
興味があるふりもする
しかし内心では、こう感じ始めています。
「ちょっと長いな」
「この話、どこまで続くんだろう」
「もう結論だけでいいんだけどな」
それでも、相手を傷つけないために、
しばらくは我慢します。
ところが――
それでも話が止まらないと、人は途中で後悔します。
「聞かなければよかった」
「質問しなければよかった」
そして次からは、距離を取るようになります。
最終的に起きること
こうしたことが積み重なると、
次第に、次の段階に進みます。
話しかけられなくなる
質問されなくなる
議論すら起きなくなる
喧嘩になることすらありません。
それほどの価値も、労力も、使われなくなるからです。
これが、
「話を聞いてもらえなくなる」状態の完成形です。
一番の問題は、本人が気づいていないこと
周囲が距離を取っているとき、
本人はこう思っています。
「まだ説明が足りない」
「もっと正しく伝えれば分かってもらえる」
「なぜ理解されないんだ」
しかし現実は違います。
もう理解するフェーズは終わっています。
ただ、面倒だから関わらないだけです。
そして最も危険なのは、
この状態になると、
指摘してくれる人すらいなくなることです。
家族でも、友人でも例外ではない
これは職場だけの話ではありません。
家族でも、友人でも、同じです。
「血がつながっているから」
「長い付き合いだから」
そうした関係性は、
面倒さを無限に許容してくれる保証にはなりません。
面倒だと感じれば、
人は距離を取ります。
これは冷たい話ではなく、
人が自分を守るために取る、自然な行動です。
指摘されても続ける人の末路
さらに問題なのは、
「面倒だ」と指摘されても、なお続ける人です。
指摘を攻撃と受け取る
被害者意識を強める
ますます自己主張を強化する
こうなると、
指摘してくれる人は、確実に減っていきます。
結果として起こるのは、
孤立と孤独です。
そして本人だけが、
「自分は正しいのに、周囲がおかしい」と思い続けます。
本当の起点は、正論ではない
もしあなたが、
「これは他人への話ではなく、自分への問いだと感じた」
「この違和感を、行動や生き方の設計にまで落としたい」
そう思ったなら――
ここまで読んで、少しでも整理されたなら十分です。
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