セキュリティ強化が“企業の弱体化”を招くとき
- 奧村 哲次

- 12月1日
- 読了時間: 5分
── 禁止から成長を奪う文化を超えて

「USBメモリも禁止、個人携帯からのアクセスも禁止、SNSも生成AIも会社指定のものだけ…」
そんなルールが、あなたの会社にもあるかもしれません。
確かに、これらは一見「正しい」セキュリティ対策です。
けれども、私はこう問いかけたい。
「守るための制限」が、なぜか従業員のロボット化と職場の沈滞を生んでいないか?
私はこれまで、IT歴20年、数々のDX導入・業務自動化・プロダクト開発を手がけてきました。
その中で見えてきた1つの本質があります。
禁止ばかりが先行するセキュリティ設計は、成長を阻む組織を生み出す。
禁止文化の罠:従業員の思考停止が起きるという事実
ある製造業のクライアント。
USBメモリを厳格に禁止し、社内外のクラウドサービスも制限しました。
一方で、“現場でちょっとしたデータを持ち運びたい”というニーズは消えませんでした。
結果、現場の担当者たちは自己判断で無料のファイル転送サービスを使い始め、
ログ記録されないまま内部データが“どこか”へ移動していったのです。
制限そのものが安全を作るどころか、
“抜け道”をつくる温床になってしまったのです。
この事例が教えてくれるのは、「禁止=安全」ではないということ。
むしろ禁止によって、従業員が“効率”や“改善の発想”を萎えさせてしまう。
その結果、多くが次のような状況に陥ります。
「これ、やって良いのかな?」という問いを失う
新しいツールに手を出せず、古いやり方をルーティンで回すだけになる
不満が蓄積し、モチベーション低下 → セキュリティ意識も下がる
その隙を“抜け道”や“手作業リスク”が狙う
実際に、2025年5月の調査で、国内企業の32%がサイバー攻撃を受けたという結果があります。
これは、技術的な脆弱性だけではなく「人・文化・思考停止」がもたらす脆弱性を示しているのではないでしょうか。
SNS・生成AI禁止という逆行の構図
さて、ここから私が注目しているのは、「SNS禁止」「生成AI禁止」といったルールです。
世界では、むしろ社員による発信・ツール活用・新技術への挑戦が“競争力”になってきています。
ところが、多くの企業では「この手のもの=リスク」「禁止すれば安心」と捉えられています。
例えば、国内では社員個人や社内SNS運用におけるリスクとして、以下のようなものが指摘されています。
社員のSNS投稿が社名・社内情報を含むことで情報漏えいにつながる
企業SNSアカウントの乗っ取り・不正アクセスが起きる
合理性を欠いたSNS禁止規定は、法律上も問題になることがある
しかし私はこう思うのです。
「禁止だからこそ、情報発信・ツール活用・ITリテラシー」が企業に残らない時代が来ている」
“発信する社員”=“企業の資産”。
もしSNS投稿を全面禁止し、生成AIツールもアクセス制限が多く、
従業員が“学び”“挑戦”“発信”できない環境だと、近未来ではこうなります。
社員が業務改善・新ツール提案・ナレッジ共有を自社発信できない
社外発信がない社員/元社員は“その会社にいた意味”を示せない
検索・AI時代において「会社の声」「社員の声」がない会社は、存在感を失う
強い会社とは、守りだけではなく「発信し、進化し、信頼を得る」会社です。
禁止文化がそこを潰してしまっているという構図なのです。
実例:禁止文化が招いた逆説的リスク
先日、国内大手メディア企業・日本経済新聞社(Nikkei)が、
社員の端末からのマルウェア感染でチャットツールが侵害され、
1万7千件を超える従業員・取引先データが流出しました。
この企業では、かなり厳格なセキュリティ制御を敷いていたにもかかわらず、
“人を信用せず・禁止先行”の構造がもたらしたミスを防げなかったのではないかと私は読みます。
また、生成AIを巡る攻撃手法も急速に進化しています。
2025年2月時点で新たに発生するメール攻撃の80%以上が日本を標的とし、
生成AIによって自然な日本語フィッシングが容易になっているという調査結果もあります。
つまり、技術・人・文化の三位一体で“攻められる”時代。
禁じれば済む話ではなく、むしろ「使いこなす人材」「考える社員」「発信できる組織文化」が鍵になるのです。
解決に向けて:禁止から“信頼と代替案”へ
では、どうすべきか。私はこう考えます。
1. 禁止を先行させず、代替案を設計する
完全禁止ではなく「許可された使い方」「投稿ガイドライン」「AI活用ポリシー」を明確にし、
“禁止”ではなく“選定と教育”へ転換する。
2. 従業員を“リスクの源”ではなく“防御の主体”にする
ルールを共に作るチームとして参与させる。
「SNS活用チーム」「AI活用ワーキンググループ」を設け、
従業員が自らリスクの発見と改善案を提示できるようにする。
3. 経営層がリテラシーを持ち、ベンダー任せをやめる
経営層が「何を守り、何を活かすか」を自ら判断できなければ、
禁止文化=設計欠如文化に陥る。
IT・AI・SNSを理解し、「発信できる組織」「動ける現場」をつくることが真のセキュリティ強化。
4. 成長と防御を両立する文化を作る
禁止が目立たない、「チャレンジできる・共有できる・学び続ける」組織文化へ。
社内SNSで「AI活用プロンプト共有」「小さな失敗共有会」を行い、
セキュリティも発信も“当たり前”にする。
結び
「セキュリティ強化=安心」ではなく、
むしろ「セキュリティ設計=成長設計」であるべきです。
禁止を積み重ねることで、企業は静かになり、社員は思考を捨て、発信力を失い、結果的に“弱く”なっていきます。
これからの企業は、“信頼でつながる組織”でなければ、生き残れません。
発信できず、挑戦できず、知を閉ざされた組織が、“未来”に取り残される日が来るかもしれない。
だからこそ、経営者も、現場も、ITパートナーも、禁止から解放され、
“使える・発信できる・成長できる”設計を今、この瞬間から始める必要があります。








