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- がん告知から5,426日。私は、がんを「倒した」のではない
命の終わりを意識した日から5,426日。これは余生ではなく、今も続いている本番の人生です。 2011年12月4日。 34歳だった私は、精巣がんのStage4だと告知されました。 あの日から今日、2026年10月12日まで、5,426日。 約14年10か月という時間が流れました。 「がんと向き合ってきた」と一言で表現することはできます。 しかし、実際の5,426日は、そんなに単純なものではありませんでした。 怖さ、不安、痛み、悔しさ。 そして、「自分はこの先、どうなるのだろう」という、答えのない問い。 がんを経験する前の私は、人生にはまだ十分な時間があると思っていました。 明日も、その次の日も、当たり前のように続いていく。 どこかで、そう信じていたのだと思います。 しかし、がんの告知によって、その「当たり前」は一瞬で壊れました。 命には限りがある。 誰もが知っている言葉です。 けれど、自分の命の問題として突きつけられたとき、その意味はまったく違うものになります。 がんを「乗り越えた」と言い切れない理由 私は、がんと闘ってきたのかもしれません。 ただ、今振り返ると、ずっと闘い続けてきたという感覚とも少し違います。 がんを忘れて過ごしている日もありました。 再発や体調の変化が怖くなる日もありました。 生きていることに感謝できる日もあれば、仕事や人間関係の些細なことで腹を立てる日もありました。 大きな病気を経験したからといって、突然、立派な人間になれるわけではありません。 それでも、私の中で確実に変わったものがあります。 それは、「いつかやろう」を、できるだけ減らそうとする意識です。 失敗よりも、何もしないことが怖くなった 私はその後、会社をつくり、12年間経営しました。 本を書き、連載を持ち、多くの仕事や人と関わってきました。 そして、廃棄されるペットボトルを活用した、透明なサーフボードも開発しました。 どれも、最初から成功が約束されていたものではありません。 うまくいかないことも、理解されないことも、何度もありました。 それでも挑戦できたのは、2011年12月4日に、自分の人生には終わりがあると知ったからだと思います。 失敗することよりも、何もせずに人生が終わることのほうが怖い。 そう思うようになりました。 生き延びた後にも、人生は続く がんを経験すると、「生きているだけで幸せでしょう」と言われることがあります。 もちろん、生きていること自体が奇跡です。 しかし、生き延びた後にも生活は続きます。 仕事の悩みもあります。 人間関係に迷うこともあります。 新しい病気や身体の不調に直面することもあります。 がんを乗り越えれば、すべてが解決するわけではありません。 だから私は、がんを「乗り越えた」と言い切ることに、少し違和感があります。 がんは、過去の出来事であると同時に、今の私をつくっている一部です。 消し去るものでも、勝ち負けを決める相手でもない。 その経験を抱えたまま、今日をどう生きるか。 それが、私にとって「がんと向き合う」ということなのだと思います。 5,426日は、私一人で生きた時間ではない 告知から5,426日。 ここまで生きてこられた時間は、私一人の力で得たものではありません。 医療に携わってくださった方々。 家族や友人。 仕事を通じて出会った方々。 多くの人たちの支えがあって、今の私があります。 自分の力で生きてきたつもりでも、振り返ってみれば、何度も誰かに助けられてきました。 直接、命を救ってくれた人もいます。 言葉や行動によって、前を向かせてくれた人もいます。 自分では気づかないところで、支えてくれていた人もいます。 5,426日という数字は、私だけの時間ではありません。 私に関わってくれた多くの人たちと、一緒に積み重ねてきた時間でもあります。 150歳まで生き、100歳でサーフィンをする 私は、150歳まで生きることを目標にしています。 そして、100歳でショートボードに乗り、ギネス記録に挑戦したいと本気で考えています。 無謀だと思われるかもしれません。 そんなに長く生きられるはずがないと思う人もいるでしょう。 しかし、一度、命の終わりを強く意識した私だからこそ、残りの人生を小さくまとめたくありません。 何歳まで生きられるかは、誰にも分かりません。 150歳まで生きられる保証もありません。 100歳までサーフィンを続けられるかどうかも分かりません。 けれど、どこを目指して今日を生きるのかは、自分で決めることができます。 できるかどうか分からないから諦めるのではなく、できる可能性が少しでもあるなら、その方向へ進みたい。 それが、がんを経験した後の私が選んだ生き方です。 がんになって良かったとは思わない 私は、がんになったことを「良かった」とは思いません。 経験しなくて済むのであれば、そのほうが良かった。 苦しみや恐怖を無理に美しい物語へ変える必要もないと思っています。 病気になったから成長できた。 病気になったから幸せに気づけた。 そのような言葉だけでは表現できない現実があります。 それでも、その経験から受け取ったものはあります。 時間は有限であること。 当たり前の日常は、決して当たり前ではないこと。 やりたいことを「いつか」に先送りしているうちに、その機会自体がなくなるかもしれないこと。 そして、人は生きている限り、何度でも新しい人生を始められること。 がんになったこと自体を肯定するのではなく、がんを経験した自分が、その後の人生をどう生きるのか。 私は、そこに意味があると思っています。 がんと向き合うとは、今日を選び続けること 5,426日を経た今、私はこう思います。 がんと向き合うとは、毎日、がんのことを考えることではありません。 病気を忘れて笑う日があってもいい。 仕事に夢中になり、がんのことをまったく思い出さない日があってもいい。 海に入り、波のことだけを考える時間があってもいい。 ただ、がんによって知った「命の有限性」を忘れず、自分が本当に生きたい人生を選び続ける。 それが、私にとって「がんと向き合う」ということです。 私はこれからも挑戦します。 仕事も、ものづくりも、発信も、サーフィンも。 失敗し、迷い、ときには立ち止まりながら、それでも前へ進みます。 完璧な人間にはなれません。 いつも前向きでいられるわけでもありません。 それでも、今日という一日を、できるだけ自分の意思で選びたい。 2011年12月4日に、終わるかもしれないと思った人生は、その後も5,426日続きました。 これは余生ではありません。 私にとっては、ここからも続いていく、本番の人生です。 思想や価値観が近い方、何か新しいことに挑戦している方、将来一緒に面白い価値をつくれそうな方。ぜひ気軽にフォロー・つながり申請してください。 📚『乗り越え力』https://amzn.to/4ks56CU 📘『構造化が9割。いや、違う。10割だ。』https://amzn.to/4cBamlS 📰 Business Plus コラムhttps://www.challenge-plus.jp/column/ 🎥 YouTubehttps://www.youtube.com/@laughtey-channel 🏄 Save The Surfhttps://www.youtube.com/@SaveTheSurf-jh5fm ✍️ 株式会社ラフティブログhttps://www.laughtey.com/blog
- 難しい問題は、易しい問題の集合である。
難しい問題も、分解すれば次にやるべきことが見えてくる。乗り越える力は、問題を小さくするところから始まります。 「できない」を「何からやるか」に変える思考法 仕事をしていると、 「これは難しい」「どうすればいいかわからない」「自分にはできそうにない」 と思うような問題に出会うことがあります。 仕事だけではありません。 人間関係、お金、健康、将来への不安。 人生には、ときどき「どうしたらいいんだ」と思うほど大きな問題が突然現れます。 でも私は、昔から一つの考え方を持っています。 難しい問題は、易しい問題の集合である。 2022年に出版した著書『乗り越え力』でも、この考えについて書きました。 そして、あれから時間が経った今でも、この考え方はまったく変わっていません。 むしろ、仕事でも人生でも、 問題を乗り越えるために最も重要な考え方の一つ だと思っています。 問題が難しいのではなく、大きすぎる 例えば、 「会社の業績を改善してください」 と言われたらどうでしょう。 かなり難しい問題に見えます。 でも、 「売上が落ちているのか」 「客数が減っているのか」 「客単価が下がっているのか」 「コストが上がっているのか」 「特定の商品だけ売れていないのか」 と分けていけば、少しずつ考えられるようになります。 さらに、 「客数が減っている」 のであれば、 新規顧客が減ったのか。 既存顧客が離れているのか。 来店頻度が下がったのか。 また分けることができます。 こうやって分解していくと、 最初は巨大だった問題が、だんだんと 「これなら調べられる」 「これは確認できる」 「ここなら改善できそうだ」 というサイズになってきます。 私はこれまでITの世界で、さまざまなプロジェクトに関わってきました。 大きなシステムになればなるほど、最初から全体を一気に解決しようとしても無理があります。 業務を分ける。 機能を分ける。 データを分ける。 課題を分ける。 担当を分ける。 そして、一つずつ解決していく。 これはITだけの話ではありません。 人生の問題も同じです。 「できない」と考える前に、分解してみる 大きな問題に直面すると、人はつい、 「できるか、できないか」 で考えてしまいます。 でも、この二択にしてしまうと苦しくなります。 例えば、 「転職したい」 と思ったとします。 でも、 年齢が気になる。 収入が下がるかもしれない。 自分の経験が通用するかわからない。 今の会社を辞めるのも怖い。 これを全部まとめて考えると、 「やっぱり転職なんて無理だ」 となってしまいます。 でも、本当にそうでしょうか。 まず、 自分の市場価値を調べてみる。 次に、 求人を10件だけ見てみる。 興味のある会社があれば話を聞いてみる。 年収条件を確認する。 今の会社に残る場合と比較する。 ここまで分ければ、 「転職するか、しないか」 を今すぐ決める必要はなくなります。 まず一つ目をやればいい。 つまり、 「できるか、できないか」ではなく、「次に何をすればいいか」を考える。 これだけでも、問題との向き合い方は大きく変わります。 人は「わからないもの」を怖がる 問題が大きく見える理由の一つは、 何が問題なのかわからないから だと思っています。 漠然とした不安ほど怖いものはありません。 「仕事がうまくいかない」 では大きすぎます。 何がうまくいっていないのか。 人間関係なのか。 仕事内容なのか。 能力なのか。 時間なのか。 評価なのか。 収入なのか。 一つずつ分けていけば、まったく違う問題だとわかります。 例えば、 人間関係だと思っていたものが、実は役割分担の問題だった。 能力不足だと思っていたものが、実は情報不足だった。 時間がないと思っていたものが、実は優先順位の問題だった。 そんなことは、仕事ではよくあります。 問題を大きな塊のまま見ていると、 「どうしよう」 になります。 問題を分解すると、 「じゃあ、ここからやろう」 に変わります。 この差は、とても大きい。 私自身、人生を一気に乗り越えてきたわけではない 振り返れば、私自身もいろいろな出来事を経験してきました。 仕事での失敗。 会社員からの独立。 会社経営。 そして、がん。 後から振り返れば、 「よく乗り越えましたね」 と言われることもあります。 でも、自分では巨大な問題を一気に乗り越えたという感覚はありません。 その時、その時に、 今できることを考えて、一つずつやってきただけです。 目の前にある問題を分ける。 その中から、自分で動かせるものを探す。 できるものから手をつける。 一つ終わったら、次へ進む。 結果として振り返ったとき、 「あの大きな問題を乗り越えていた」 というだけなのかもしれません。 乗り越える力とは、特別な才能ではない 「乗り越える力」と聞くと、 精神力が強い人。 ポジティブな人。 何があってもへこたれない人。 そんな特殊な人が持っている能力のように聞こえるかもしれません。 私はそうは思いません。 乗り越える力とは、 大きな問題を、自分が扱える大きさまで小さくする力 でもあると思っています。 だから、もし今、 「これは自分には無理だ」 と思っている問題があるなら、一度その問題を分解してみてください。 そして、 「この問題を解決するには、何がわかればいい?」 と考えてみてください。 さらに、 「その中で、今日できることは何?」 まで小さくしてみる。 一つ見つかれば十分です。 そこから始めればいい。 難しい問題は、 易しい問題の集合です。 人生も仕事も、一気にすべてを解決する必要はありません。 一つずつ。 一つずつ。 それを積み重ねていく。 いつの間にか振り返ったとき、 「乗り越えていた」 という場所に立っているのだと思います。 『乗り越え力』に込めたもの 今回書いた「難しい問題は、易しい問題の集合である」という考え方は、 私が2022年に出版した著書**『乗り越え力』**の中でも書いているテーマの一つです。 『乗り越え力』では、このほかにも、 「小さな挑戦から始める」 「失敗こそ愛せ」 「退屈で苦しい仕事を楽しい仕事に変換する」 「人の問題を、事の問題に置き換える」 「プライドを捨て、人の話を聞く」 など、私自身が仕事や人生の中で身につけてきた考え方を、実体験とともに書いています。 私は、乗り越える力は、生まれ持った才能ではなく、身につけることができる技術だと思っています。 仕事で壁にぶつかっている人。 新しいことに挑戦しようとしている人。 人生の中で「どうしたらいいのかわからない」と立ち止まっている人。 そんな方にこそ、ぜひ一度読んでいただきたい一冊です。 今回の記事を読んで、 「もう少し、この考え方を知ってみたい」 と思っていただけたなら、ぜひ『乗り越え力』を手に取ってみてください。 ▼ Amazonで『乗り越え力』を読む https://amzn.asia/d/0iMjlw3K 私がこれまで何を経験し、何を考え、どうやって一つずつ乗り越えてきたのか。 その中から、あなた自身の人生や仕事を乗り越えるためのヒントを、一つでも持ち帰っていただけたら嬉しく思います。 乗り越えるのは、一気じゃなくていい。 まずは、目の前の一つから。 その積み重ねが、いつか大きな壁を乗り越える力になります。 そして次回も、『乗り越え力』の中から、 私が今でも大切にしている考え方を一つ取り上げてお話ししたいと思います。
- なぜサーフィンは、こんなにも面白いのか。29年間続けても飽きない理由
同じ波は、二度と来ない。だからサーフィンは、29年続けても飽きない。 サーフィンは、本当に面白い。 私はサーフィンを始めて、もう29年になります。 それでも、いまだに毎週末になると海へ行きたくなる。 土曜日に入って、日曜日にも入る。 旅行先でも波が気になる。 天気予報を見れば、気温より先に風向きや波の高さを見てしまう。 もはや趣味というより、完全にライフスタイルの一部です。 では、なぜこれほど長い間、飽きずに続けられるのか。 最近あらためて考えてみると、その理由の一つは、 「サーフィンは、ものすごく難しいから」 なのではないかと思いました。 もちろん、これは他のスポーツと優劣をつけたいという話ではありません。 どんなスポーツにも、それぞれ違った難しさと面白さがあります。 そのうえで、私が29年間サーフィンをやってきて感じている「サーフィン特有の難しさ」を考えてみたいと思います。 足元も動く。乗っているものも動く。 同じ横乗り系のスポーツで考えてみます。 例えばスノーボード。 雪面にはもちろん変化がありますが、基本的には滑る斜面があり、足とボードはビンディングで固定されています。 スケートボードなら、地面は固定されています。 ただし、足とボードは固定されていません。 では、サーフィンはどうでしょう。 足とサーフボードは固定されていない。 それだけではありません。 そのサーフボードが乗っている波そのものが動いている。 波は前へ進み、形を変え、崩れ、速くなったり遅くなったりします。 つまり、 自分も動く。ボードも動く。そして足元の波まで動く。 しかも、二度とまったく同じ波は来ません。 ここがサーフィンの猛烈に難しいところであり、同時に、とてつもなく面白いところだと思っています。 サーフィンには「練習」がほとんどない 私はこれまで、いろいろなスポーツを経験してきました。 子どもの頃はサッカーをやりました。 家には卓球台があったので卓球もやりました。 バスケットゴールもあったので、バスケットボールもやりました。 スケートボードもやりましたし、スノーボードも少し経験しました。 ゴルフには練習場があります。 サッカーなら、同じシュートを何度も蹴ることができます。 バスケットなら、同じ位置から何十本、何百本とシュート練習ができます。 卓球なら、同じ球を繰り返し打つこともできます。 つまり、多くのスポーツには、 「失敗した動きを、すぐにもう一度やり直す」 という練習ができます。 ところが、サーフィンではこれが難しい。 「今の波で失敗した。もう一回同じ波でやってみよう」 と思っても、その波はもうありません。 次に来る波は、高さも違えば、速さも違う。 ピークの位置も違う。 割れ方も違う。 同じ海、同じポイント、同じ日の同じ時間帯でさえ、条件は少しずつ変わっています。 だから私の感覚では、 サーフィンは毎回が練習であり、毎回が本番です。 相手は、人ではなく自然 さらに面白いのが、自分の技術だけではどうにもならないことです。 波のサイズ。 うねりの向き。 周期。 風向き。 風の強さ。 潮の満ち引き。 海底の地形。 砂の付き方。 水温。 季節。 これらが全部関係してきます。 昨日最高だったポイントが、今日はまったくダメということもあります。 朝は良かったのに、2時間後には風が変わって終わってしまうこともある。 逆に、期待せずに行った海で、とんでもなく良い波に当たることもあります。 どれだけ人間が考えても、最後は自然が決める。 だからこそ、サーフィンを長く続けていると、 自然をコントロールしようとするのではなく、自然に合わせる という感覚が身についてきます。 これもサーフィンから学んだ、とても大きなことです。 29年やっても、まだ上手くなれる サーフィンは、本当に上達が遅いスポーツだと思います。 29年やっている私でも、 「今のターンは良かった」 「もう少し板を立てられた」 「テイクオフが遅かった」 「今の波なら、別のラインがあった」 そんなことを、いまだに考えています。 以前できなかったことが、突然できる日もあります。 何年もやってきた技が、ある一本だけ自分でも驚くほど深く決まることもある。 そんな瞬間があるから、 「まだ上手くなれるんじゃないか」 と思ってしまう。 そしてまた海へ行く。 おそらく、この終わりのなさが面白いのでしょう。 簡単に上手くならない。 思い通りにならない。 だから、飽きない。 難しいからこそ、一本の成功がとてつもなく嬉しい。 これはサーフィンの大きな魅力だと思います。 サーフィンをすると、季節に敏感になる サーフィンを長く続けていると、自然にも詳しくなります。 天気図を見れば、 「この風なら、あそこかな」 「この低気圧なら数日後に波が来そうだ」 と考える。 季節の変化にも敏感になります。 海パンだけで入れる季節。 タッパーを着る季節。 シーガル。 ジャーフル。 セミドライ。 グローブやブーツが欲しくなる季節。 私にとっては、カレンダー以上に海が季節を教えてくれます。 「ああ、もう夏が来たな」 「そろそろ秋だな」 「水が冷たくなってきたな」 そんな変化を、体で感じる。 昔の人はもっと自然の変化を感じながら生きていたのかもしれません。 サーフィンをしていると、その感覚を少し取り戻せるような気がします。 海に入りたいから、知らない土地へ行く もう一つ、サーフィンをやっていて良かったと思うのが、行動範囲が広がることです。 私は海のない滋賀県出身です。 それでもサーフィンを始めたことで、いろいろな海へ行くようになりました。 千葉。 茨城。 湘南。 伊豆。 そして日本全国。 さらに海外へ行っても、 「この国には、どんな波があるんだろう」 と考えるようになります。 普通なら行かなかったかもしれない場所にも、波があるというだけで行きたくなる。 海を探して移動し、人と出会い、知らなかった土地を知る。 サーフィンは単なるスポーツではなく、 人生の行動範囲そのものを広げてくれるもの なのだと思います。 上手くいかないから、面白い 今の世の中は、便利になりました。 検索すれば答えが出てくる。 AIに聞けば、多くのことを教えてくれる。 効率化できるものは、どんどん効率化できます。 私は仕事でも、効率化や構造化をずっと考えてきました。 でも、サーフィンは違います。 効率化できない。 波を予約することもできない。 昨日の最高の波を保存して、今日もう一度乗ることもできない。 どれだけ準備しても、波がなければできない。 どれだけ良い波でも、自分が乗れなければ意味がない。 だから面白い。 もしかすると人間は、 すべてが思い通りにならないものだからこそ、夢中になれる のかもしれません。 私は29年間サーフィンを続けていますが、 「サーフィンをやめよう」 と思ったことは、ほとんどありません。 むしろ年齢を重ねるほど、 「まだやりたい」 と思っています。 今週末もきっと、また海へ行くでしょう。 そしてまた自然に翻弄され、 思ったように乗れず、 たった一本の良い波で全部を忘れて、 「やっぱりサーフィンは面白いな」 と思って帰ってくる。 それを29年間繰り返しています。 そして、おそらくこれからも繰り返していくのでしょう。 簡単には攻略できない。自然を相手にする。毎回違う。だから、ずっと面白い。 そして、これだけ長く海で遊ばせてもらっていると、少しずつ、 「海からもらうだけではなく、何か海に返せないだろうか」 と考えるようにもなりました。 そんな思いから現在、廃棄されるペットボトルを活用した**透明サーフボード「Save The Surf」**を開発・販売しています。 透明なボードだからこそ、波の上から海の中を見ることができる。 サーフィンを楽しみながら、海や環境について考えるきっかけにもできたらと思っています。 サーフィンから始まり、自然を知り、いろいろな土地へ行き、そして今ではサーフボードそのものまでつくるようになりました。 29年前、初めて海に入った自分には想像もできなかったことです。 そう考えると、サーフィンは私にとって単なる趣味ではありません。 自然を感じ、挑戦を続け、人生の世界を広げてくれるライフスタイル。 だから私は、これからも海に入り続けたいと思います。 そして、サーフィンの面白さと海の素晴らしさを、少しでも次の世代へつないでいければと思っています。 Save The Surf https://www.save-the-surf.com/ YouTube「透明サーフボード【Save The Surf】」https://www.youtube.com/@SaveTheSurf-jh5fm
- 陽キャは陰キャに合わせられる。でも、それだけでは友達にはなれない。
話せる人が黙ることはできる。 でも、話せない人が無理に盛り上げ続けるのは難しい。その違いに、人間関係のヒントがある。 最近、人とのコミュニケーションについて、ふと思ったことがあります。 少し乱暴な言い方をすると、 陽キャの人は、陰キャの人に話を合わせることができる。 でも、陰キャの人が陽キャを演じ続けるのは、結構難しいんじゃないか。 もちろん、人間を「陽キャ」「陰キャ」の二種類に分類できるとは思っていません。 その中間の人もいるし、仕事では陽キャだけどプライベートでは静かな人もいる。 だから、これはあくまで一つの例えです。 でも、人とのコミュニケーションには、ちょっとした「非対称性」があるような気がしています。 100を50にすることと、50を100にすることは違う よく喋る人が、静かな人と話す。 これは比較的できます。 少し声のトーンを落とす。 自分ばかり話さない。 質問を増やす。 相手が答えるまで待つ。 沈黙があっても気にしない。 つまり、 自分が持っているエネルギーを少し抑えればいい。 でも逆は、結構しんどい。 普段あまり話さない人に、 「もっと喋って!」 「もっと盛り上げて!」 「積極的に発言して!」 「初対面の人にもどんどん話しかけて!」 と言っても、簡単にはできません。 これは、ないものを無理やり作る作業になるからです。 僕はこの違いを、 100を50にすることと、50を100にすることの違い だと思っています。 100持っている人は、出力を下げることができる。 でも、50の人に100を求め続ければ、当然疲れる。 これは会社でも、人間関係でも、結構重要なことだと思います。 「もっと積極的に」は簡単に言わない方がいい 会社でもよくあります。 「もっと積極的に発言してください」 「もっとコミュニケーションを取りましょう」 「もっと前に出てください」 言うのは簡単です。 でも、僕は最近、それって少し乱暴なのではないかと思っています。 静かな人には、静かな人の能力があります。 よく考えてから話す人。 人の話を聞ける人。 一人で深く考えられる人。 細かな違和感に気づける人。 全員を同じタイプにする必要なんてありません。 むしろ、全員が僕みたいだったら、たぶんうるさい(笑)。 組織として大事なのは、 全員を同じ人間に変えることではなく、違う人間が一緒に働ける状態を作ること。 だと思っています。 ただ、ここまで考えて、自分自身にも問題があることに気づいた ここまで書くと、 「じゃあ奥村は、誰にでも合わせられるんですね」 と思われるかもしれません。 でも、そんなことはありません。 むしろ僕自身、まだできていないことがあります。 僕は自分では、どちらかというと陽キャ側だと思っています。 初対面の人とも話します。 知らない人にも話しかけます。 飲み会も嫌いではない。 サーフィンにも行く。 外に出ることも好きです。 だから、静かな人とも普通に話せます。 相手がITエンジニアで、ゲームが好きでも、アニメが好きでも、インドア派でも、話を合わせることはできます。 IT業界に20年以上いるので、そういう人たちとも本当にたくさん仕事をしてきました。 でも、ここで一つ問題があります。 話はできる。 でも、本当の友達にはなかなかなれない。 これには、自分でも少し悩んでいます。 「話が合う」と「人生が合う」は違う 例えば僕は、30年近くサーフィンをしています。 サーフィンというのは、単なるスポーツというより、かなり生活に近い。 朝早く起きる。 車で海まで行く。 天気を見る。 風を見る。 波を見る。 自然の中に入る。 夏なら海パン一枚で海に入る。 冬でも寒い海に入る。 波が悪ければ、何時間運転しても何もせず帰ることだってあります。 それでも面白い。 僕にとっては、そういう時間そのものが楽しい。 でも当然、そう思わない人もいます。 休みの日は家でゲームをしたい。 映画を見たい。 アニメを見たい。 パソコンを触っていたい。 それも全く悪いことではありません。 僕もその話を聞くことはできます。 面白く聞くこともできます。 でも、 「じゃあ次の日曜日、一緒にそれをやろう」 となると、話は変わります。 逆も同じです。 相手も僕のサーフィン話は聞いてくれる。 「面白そうですね」 と言ってくれる。 でも、 「じゃあ朝4時に起きて海へ行きましょう」 と言ったら、 「いや、それはいいです」 となる(笑)。 つまり、 会話を合わせることと、人生の時間を一緒に使いたいと思うことは、全く違う。 僕は最近、ここに気づきました。 コミュニケーション能力があっても、友達はできるとは限らない 僕はずっと、コミュニケーション能力が高ければ、人とは仲良くなれると思っていたところがあります。 でも、たぶん違います。 仕事では、 「相手に合わせて話せる」 ことはものすごく重要です。 経営者と話す。 現場と話す。 エンジニアと話す。 営業と話す。 論理的な人とも、感覚的な人とも話す。 相手に合わせて伝え方を変える。 これは仕事では大きな武器になります。 でも、友達は違う。 友達になるには、 適応力だけでは足りない。 必要なのは、 共鳴 なんだと思います。 一緒にいて面白い。 同じことで笑える。 同じことにワクワクする。 一緒にどこかへ行きたくなる。 何の利害関係もないのに、また会いたいと思う。 そこまでいって、初めて友達になる。 僕自身、まだここはできていない だから今回の話は、 「陽キャは陰キャに合わせられるから、陽キャの方がコミュニケーション能力が高い」 という話ではありません。 そんな単純な話ではない。 僕自身、相手に合わせて話すことはできても、 相手の世界まで入っていけているのか? と言われれば、できていないことがたくさんあります。 「自分はアウトドア派だから」 「自分はこういう人間だから」 と言ってしまえば簡単です。 でも、それでは結局、自分も自分の世界から出ていない。 これは、僕自身の課題でもあります。 合わせることと、同化することは違う ただし、だからといって無理をして相手と同じ人間になる必要もないと思っています。 ゲームが好きな人と友達になるために、無理してゲームを始める必要はない。 インドア派の人に合わせるために、サーフィンをやめる必要もない。 逆も同じです。 大切なのは、 合わせることと、同化することを間違えないこと。 自分の軸は持っていていい。 でも、自分と違う世界を閉ざさない。 「俺は興味ないから」で終わらせず、 「なぜこの人はこれが面白いんだろう?」 と少し入ってみる。 そこから何かが始まるのかもしれません。 結局、大事なのは陽キャか陰キャかではない ここまで考えると、 陽キャとか陰キャとか、本当はどうでもいい話なのかもしれません。 大事なのは、 自分と違う人に、どれだけ興味を持てるか。 そして、 自分の出力を相手に合わせて変えられるか。 さらに、 それでも自分自身を失わずにいられるか。 だと思います。 仕事で必要なのは「適応力」。 友達になるために必要なのは「共鳴」。 たぶん、この二つは似ているようで違います。 僕自身、適応することはそれなりにできるようになりました。 でも、違う価値観の人と深く共鳴することについては、まだまだです。 49歳になっても、こういう課題は残っています。 いや、むしろ年齢を重ねたからこそ、見えてきたのかもしれません。 誰とでも話せる。 でも、誰とでも友達になれるわけではない。 だからこそ面白い。 人間関係って、まだまだ難しい。 僕ももう少し、自分と違う世界に入ってみようと思います。
- あなたのロールモデルは誰ですか?
自分が目指したい人は、年齢とともに少なくなっていく。見つからないのなら、自分が誰かのロールモデルになる生き方を。 あなたには、「この人のように生きたい」と思える人がいますか? 仕事の進め方を真似したい人。 人生の選択を参考にしたい人。 年齢の重ね方に憧れる人。 若い頃の私は、ロールモデルを見つけることが、今よりも簡単だったように思います。 組織の中にいれば、自分より仕事のできる人が上にいます。 「あの人のように仕事ができるようになりたい」 「あの役職に就くためには、何を身につければいいのか」 「あの人なら、この場面でどう判断するだろうか」 上司や先輩の仕事を間近で見ることで、自分の未来を想像できました。 もちろん、尊敬できる人ばかりではありません。しかし、同じ組織で仕事をしていれば、参考にしたい人だけでなく、「このようにはなりたくない」と思う人からも学べます。 それも含めて、組織の中には、自分の生き方や働き方を考えるための材料がたくさんあったのです。 では、組織を離れ、独立したらどうなるのでしょうか? 経営者になると、自分より上の役職の人はいなくなります。 会社の方向性を決めるのも自分。 最終的な責任を負うのも自分。 迷ったときに判断するのも自分です。 周囲に経営者はいても、同じ会社の上司ではありません。外部にロールモデルとなり得る人がいたとしても、その人の仕事や意思決定を日常的に見ることはできません。 ましてや、 「なぜ、その判断をしたのですか?」 「本当は何に迷っていたのですか?」 「失敗したとき、どう立て直したのですか?」 そんな深い話を、気軽に聞ける関係をつくることは簡単ではありません。 表に出ている成功だけは見えても、その裏にある葛藤や失敗、孤独までは見えない。 それでも、その人を本当の意味でロールモデルと呼べるのでしょうか? 私は12年間会社を経営し、現在49歳になりました。 年齢を重ねれば重ねるほど、自分より年上で、自分が目指したい生き方をしている人は少なくなっていきます。 仕事だけなら、優れた人はたくさんいます。 経営だけなら、成功している人もたくさんいます。 健康、家族、趣味、社会への貢献。それぞれの分野に、尊敬できる人はいます。 しかし、人生は仕事だけではありません。 仕事では成功していても、その生き方すべてに憧れるとは限らない。 大きな会社をつくっていても、自分が同じ人生を歩みたいとは限らない。 お金や肩書を手に入れていても、幸せそうに見えるとは限らない。 では、私は誰をロールモデルにすればよいのでしょうか? 49歳になった今も、100歳までサーフィンを続けたいと思っています。 そして、150歳まで生きるという、途方もない目標も掲げています。 精巣がんStage4から生還し、会社を経営し、再び組織に入り、透明サーフボードを通じて海や地球の未来にも向き合っている。 そんな自分と同じ道を歩んできた人は、なかなか見つかりません。 それは、私が特別だからということではありません。 おそらく誰の人生にも、その人にしかない組み合わせがあります。 生まれ育った環境。 経験してきた仕事。 乗り越えてきた病気や挫折。 守りたい家族。 諦めたくない夢。 すべてが同じ人など、どこにもいないのです。 だとすれば、一人の完成されたロールモデルを探し続ける必要はないのかもしれません。 仕事については、この人。 生き方については、この人。 年齢の重ね方については、この人。 挑戦する姿勢については、この人。 複数の人から、自分に必要な考え方を少しずつ学び、自分だけの生き方をつくっていけばいい。 そして、もう一つ思うことがあります。 自分のロールモデルが見つからないのであれば、自分が誰かのロールモデルになる生き方をすればいいのではないか。 もちろん、完璧な人間になるという意味ではありません。 失敗することもある。 迷うこともある。 感情的になることもある。 正しいと思って選んだ道が、間違っていることもある。 しかし、その失敗や迷いを隠さず、何を考え、どう立て直し、次に何を選んだのかを残していく。 その姿を見た誰かが、 「49歳からでも、新しい挑戦はできるんだ」 「大きな病気を経験しても、人生を諦めなくていいんだ」 「経営者を辞めて組織に戻ることも、後退ではないんだ」 「仕事だけに人生を支配されなくてもいいんだ」 そう思ってくれたなら、それだけで意味があります。 ロールモデルは、最初からロールモデルになろうとして生きた人ではないのかもしれません。 自分の信じた生き方を続け、その過程を誠実に見せてきた結果、誰かがその人をロールモデルとして選ぶのではないでしょうか。 あなたには、ロールモデルがいますか? その人の、どの部分に憧れていますか? そしてもし、見つからないのなら――。 あなた自身が、これから生きる誰かにとってのロールモデルになる。 そんな人生を目指してみてもよいのではないでしょうか。
- 異なる業界を経験したからこそ、見えるものがある
異なる業界を経験すると、それまでの「当たり前」が違って見えてくる。 深さと広さ、その両方がキャリアの価値をつくる。 一つの会社で長く働くことと、キャリアの価値について 一つの会社で長く働き続けることには、大きな価値があります。 長い時間をかけて、その会社の文化や業務、人間関係を理解し、社内外から信頼を得る。 短期間では身につかない経験や、その会社だからこそ得られる専門性もあります。 一方で、複数の会社や業界、職種を経験することで得られる価値もあります。 私はこれまで、小売、製造、金融など、異なる業界の仕事に携わってきました。 職種についても、販売の現場から始まり、 プログラマー → システムエンジニア → プロジェクトマネージャー → PMO → 顧問 → ITコンサルティング と、少しずつ活動の範囲を広げてきました。 また、株式会社ラフティの代表として会社経営にも携わり、技術だけでなく、売上、利益、人材、顧客、事業継続について考える立場も経験しました。 現在、株式会社ラフティでは、IT事業を副業として展開しているわけではありません。 STSサーフボードを中心とした活動を行い、現在所属している会社の仕事とは明確に切り分けています。 この記事も、現在の所属会社や特定の顧客、特定のプロジェクトについて述べるものではありません。 これまで複数の業界、職種、立場を経験してきた一個人として、 「働くこと」 「専門性」 「組織に知識を残すこと」 について考えてみたいと思います。 一つの業界に長くいることで得られる「深さ」 同じ会社や業界で長く働くと、その分野に対する理解は深くなります。 表面的な業務知識だけではありません。 過去の経緯、組織内の役割、意思決定の進め方、顧客との関係性など、マニュアルだけでは理解できないことも身についていきます。 特に、社会的な影響が大きく、高い品質や正確性が求められる業界では、長年の経験によって培われる知識が重要になります。 たとえば、 「なぜ、この手順が必要なのか」 「なぜ、この確認を省略してはいけないのか」 「過去にどのような問題があり、現在の仕組みになったのか」 こうした背景まで理解している人材は、組織にとって大きな存在です。 長く働くことによって得られるものは、単なる勤続年数ではありません。 私は、**その会社や業界に対する「理解の深さ」**こそが、大きな価値なのだと思います。 異なる業界を経験することで得られる「広さ」 一方で、異なる業界を経験すると、それまで当たり前だと思っていたことを、別の角度から見られるようになります。 小売業で求められるもの 小売業では、顧客の反応が売上として比較的早く表れます。 現場で何が起きているのかを把握し、状況に合わせて判断し、改善する。 そこでは、顧客視点とスピード感が求められます。 製造業で求められるもの 製造業では、 品質・工程・原価・納期・再現性 が重要になります。 優秀な個人だけに依存するのではなく、誰が担当しても一定の品質を維持できる仕組みが必要です。 社会的責任の大きい業界で求められるもの 金融をはじめ、社会的な責任が大きい業界では、 正確性・安全性・セキュリティ・説明責任 が特に重視されます。 一つの誤りが大きな影響につながる可能性があるため、慎重な判断と厳格な管理が求められます。 それぞれの業界には、それぞれの強みがあります。 ただ、一つの業界の中だけにいると、いつの間にか**「この業界のやり方こそが普通だ」**と思ってしまうことがあります。 異なる業界を経験すると、現在の仕事を、別の業界の視点から比較できるようになります。 たとえば、 「小売業のように、もう少し顧客の反応を早く捉えられないか」 「製造業のように、仕事を標準化して再現性を高められないか」 「安全性を維持しながら、必要な情報をもっと探しやすくできないか」 「過去の慣習ではなく、現在の技術を前提に仕組みを見直せないか」 こうした問いを持てるようになります。 異業種で得た考え方を組み合わせられること。 それが、複数の業界を経験した人材が持つ、一つの価値だと思います。 顧客を尊重することと、専門家として意見を伝えること どの業界でも、顧客との信頼関係は重要です。 特に長期的な取引や大規模なプロジェクトでは、技術的な正しさだけで仕事を進めることはできません。 顧客の事情、組織文化、意思決定の進め方を理解し、相手に合わせた伝え方を考える必要があります。 そのため、顧客との関係性をつくることも、専門家に必要な能力の一つです。 しかし一方で、顧客との関係を大切にするあまり、専門家として必要な意見を伝えにくくなることもあります。 顧客の要望を、そのまま実現することが、必ずしも顧客にとって最善とは限りません。 要望の背景にある目的を確認する。 リスクや将来への影響を整理する。 そして必要であれば、別の選択肢を提示する。 それが、専門家として提供すべき価値だと私は考えています。 顧客を尊重することと、顧客の意見にすべて合わせることは、同じではありません。 ときには、相手にとって耳の痛い内容であっても、根拠と代替案を示しながら、丁寧に伝える必要があります。 ただし、正しいことを一方的に伝えればよいわけでもありません。 信頼関係がなければ、どれほど正しい提案でも受け入れてもらえないことがあります。 「正しさ」と「伝え方」 その両方がそろって、初めて提案は価値を持つのだと思います。 情報を守ることと、情報を活用すること 企業では、情報管理とセキュリティが欠かせません。 顧客情報や個人情報、機密情報を扱う業界では、アクセス制限や利用できるツールに厳しいルールが設けられています。 当然、それらは企業や顧客を守るために必要な仕組みです。 しかし一方で、情報を守ることに重点を置くほど、必要な情報を探したり、過去の知識を再利用したりすることが難しくなる場合があります。 資料が複数の場所に分散している。 保存した人にしか場所が分からない。 過去の経緯を知る人に聞かなければ、判断できない。 このような環境では、情報を探すだけで多くの時間が必要になります。 そして仕事ができる人の条件も、単に**「技術を持っている人」**だけではなくなります。 たとえば、 必要な情報の所在を把握している 過去の経緯を知っている 関係者から情報を集められる 相手の考え方に合わせて説明できる 複雑な情報を資料として整理できる こうした能力も、実務を進めるうえでは非常に重要です。 ただし、情報を探す力そのものが、個人の経験だけに依存している状態は、組織として望ましい形ではありません。 本来は、経験の浅い人でも必要な情報を見つけられ、過去の知識を活用できる仕組みを整えるべきです。 セキュリティを弱めるのではありません。 安全性を維持したまま、情報を探しやすく、再利用しやすくする。 これからの企業には、 「情報を守る仕組み」と「情報を生かす仕組み」 その両立が求められるのではないでしょうか。 ITスキルだけでは仕事は進まない。それでも、ITスキルは重要である ITの仕事では、プログラミング、設計、インフラ、データベース、セキュリティなど、多くの専門知識が必要です。 しかし、実際のプロジェクトは技術力だけで進むわけではありません。 必要なのは、 顧客との信頼関係 関係者との調整 情報収集 資料作成 説明力 技術的専門性 です。 どれほど優れた技術や発想を持っていても、相手に理解されなければ、実際の仕組みとして採用されることはありません。 その意味では、「伝える力」もITスキルの一部と考えるべきなのかもしれません。 一方で、調整力や資料作成力が重視されるあまり、技術的な専門性が十分に評価されなくなることには注意が必要です。 顧客との関係性を築くことも大切です。 相手に合わせて資料を作ることも大切です。 しかし、それだけでは将来にわたって利用できるシステムをつくることはできません。 技術を理解する人と、顧客や経営を理解する人。 互いの専門性を尊重し、それぞれの力を組み合わせることが重要です。 プレゼンテーションには、唯一の正解がない 私はこれまで、多くの提案書やプレゼンテーション資料を作ってきました。 しかし、 「自分はプレゼンテーションがうまいのか?」 と聞かれると、簡単には答えられません。 なぜなら、プレゼンテーションには唯一の正解がないからです。 同じ資料でも、相手の立場、関心、知識、置かれている状況によって、受け止め方は変わります。 経営者に伝えるなら 投資対効果や、事業への影響が重要になります。 現場に伝えるなら 実際の運用や、現場への負担が重要になります。 技術者に伝えるなら 実現方法、リスク、保守性などが重要になります。 つまり、資料の見た目を整えるだけでは、良いプレゼンテーションにはなりません。 誰に、何を、どの順番で伝え、最終的にどのような判断や行動につなげたいのか。 そこまで考える必要があります。 私は過去の会社経営において、自ら提案と事業活動を行い、**12年間で累計約6億円の売上、粗利率57%**という結果を残しました。 もちろん、この数字だけで、すべての提案が正しかったとは言えません。 ただ、提案書を作るだけではなく、 顧客に価値を伝え、売上と利益につなげるところまで経験できたこと。 これは、現在の自分にとって大きな財産になっています。 なお、これは過去のIT事業を含む経営経験について述べたものであり、現在、副業としてIT案件を受託しているという意味ではありません。 個人の経験を、組織の力へ変える IT業界では、経験豊富な人材を採用し、顧客のプロジェクトで力を発揮してもらう事業形態があります。 即戦力となる人材が活躍することで、顧客は必要な知識や経験を短期間で得ることができます。 これは、顧客にとっても、人材にとっても価値のある仕組みです。 ただし、そこで得た経験が個人の中にだけ残り、所属する会社へ還元されなければ、会社としてのノウハウは蓄積されません。 成果を出せる人を採用し続けるだけでは、組織としての再現性をつくることは難しくなります。 重要なのは、個人の経験や能力を否定することではありません。 個人が得た知識を、組織の知識へ変えていくこと。 たとえば、 顧客の課題をどのように整理したのか どのような観点で提案を組み立てたのか 何がうまくいき、何がうまくいかなかったのか 他の案件にも応用できる考え方は何か 経験の浅い人でも実践できる形にできないか こうした内容を、組織の中に残していくことです。 もちろん、顧客の機密情報や固有の事情を持ち出してはいけません。 だからこそ、 個別情報を除き、考え方・進め方・評価軸・失敗から得た教訓を一般化して残す。 その工夫が必要です。 個人の経験を安全な形で抽象化し、教育、提案、次のプロジェクトへ活用できれば、会社としての価値は高まっていきます。 個人の能力に会社が依存するのではなく、個人の能力によって会社の力も高まっていく。 その循環が、長く働きたいと思える組織をつくるのではないでしょうか。 私の希少性は、専門分野の数ではなく「つなげられること」 私はこれまで、小売、製造、金融など、異なる業界を経験してきました。 そして、 販売員 プログラマー システムエンジニア プロジェクトマネージャー PMO 顧問 ITコンサルティング会社経営 と、さまざまな立場も経験してきました。 ただ、単に経験した業界や職種の数が多いことだけを、自分の価値だとは考えていません。 本当の価値は、それぞれの経験を「つなげて考えられること」にある。 私はそう思っています。 販売の現場で培った、顧客視点。 小売業で学んだ、スピード感。 製造業に求められる、品質と再現性。 重要な社会基盤を支える業界に必要な、安全性と正確性。 ITの現場で身につけた、技術的な理解。 プロジェクトを動かすための、調整力。 経営者として考えてきた、売上・利益・投資対効果。 これらを別々の知識として持つのではなく、一つの課題に対して組み合わせて使う。 それが、私自身の強みだと考えています。 たとえば、 技術的に実現できるか。 だけではなく、 顧客にとって価値があるか。 現場で運用できるか。 会社として利益を生むか。 将来も継続できるか。 まで考える。 現場、技術、顧客、経営。 これらを横断して考えられる人材は、決して多くないはずです。 長く働くことを「年数」だけで評価しない 同じ会社で長く働くことには価値があります。 複数の会社や業界を経験することにも価値があります。 どちらが正しい、という話ではありません。 大切なのは、その時間の中で、 何を学んだのか。 どのような価値を生み出したのか。 その経験を次にどう生かしているのか。 ということだと思います。 一つの会社で専門性を深める人。 異なる業界を経験し、知識の幅を広げる人。 現場を支える人。 技術を追求する人。 顧客との関係を築く人。 組織に知識を残す人。 それぞれの役割があり、それぞれの価値があります。 私はこれからも、現在の仕事とSTSサーフボードの活動を明確に切り分け、それぞれの立場と責任を大切にしていきます。 ITの仕事では、所属する組織と顧客に対して価値を提供すること。 STSサーフボードの活動では、サーフィンやものづくりを通じて、独自の価値を生み出すこと。 そして個人としては、これまでの経験から得た考え方を、自分自身の言葉で発信していくこと。 異なる業界を経験したからこそ、見えるものがあります。 一つの会社で長く働くからこそ、見えるものもあります。 その両方を理解し、自分の経験を誰かや組織の成長につなげていく。 それが、私がこれから大切にしたいキャリアのあり方です。 ※本記事について 本記事は、筆者個人のこれまでの職業経験をもとにした一般的な考察です。 現在または過去に所属した特定の企業、顧客、取引先、プロジェクト、システムなどを評価・批評するものではありません。 また、守秘義務の対象となる情報や、特定の業務・案件に関する情報は含んでいません。
- 変わらない毎日が、変わり続ける自分をつくる
変わらない習慣があるからこそ、小さな変化に気づける。毎日のルーチンは、健康と成長を支える「基準」になる。 平日は、毎朝6時に起きる。 7時前後には家を出て仕事へ向かい、夕方6時前後には帰宅する。 夜ご飯を食べ、少しゆっくり過ごして、夜10時には寝る。 土日祝日は、平日よりも少し早い。 朝5時に起き、6時前後には家を出て、サーフィンへ向かう。 昼12時前には帰宅し、昼食をとった後は、妻と出かけたり、家でゆっくりしたりして過ごしている。 文字にすると、かなり規則正しい生活である。 同じ時間に起き、同じように行動し、同じくらいの時間に休む。 一見すると、変化の少ないルーチンワークのように見えるかもしれない。 しかし私は、この生活を**「何も考えずに繰り返している」わけではない。** むしろ逆だ。 生活の基本をルーチン化しているからこそ、その日の小さな変化に気づき、仕事や人との関わり、自分自身の成長について考える余裕が生まれている。 生活の「型」が、健康を支えている この生活を続けてきた結果、ありがたいことに、体調は長い間安定している。 風邪をひくことも少なく、夏バテや季節の変わり目の疲れによって体調を崩すことも、ほとんどない。 もちろん、健康に絶対はない。 それでも、 決まった時間に起きる。働く。食事をとる。十分に眠る。そして休日には、好きなサーフィンで体を動かす。 この一定のリズムが、心と体の土台になっていることは間違いないと思う。 そして、生活をルーチン化することには、もう一つ大きな利点がある。 体調の変化に気づきやすくなることだ。 普段の状態が安定しているからこそ、 「今日は少し疲れている」 「いつもより体が重い」 といった小さな違和感を、早い段階で察知できる。 そうすれば、異変が大きくなる前に、睡眠や服装、食事などを調整することができる。 ルーチンは、健康を維持するだけではない。体調不良を事前に防ぐための「基準」にもなっている。 サーフィンが教えてくれる、自然の変化 サーフィンも、私にとっては単なる運動ではない。 自然の中に身を置き、その日の波、風、水温、潮の動きに合わせて行動する。 同じ海に入っても、まったく同じ状態の日は一度もない。 つまり、 決まった時間に海へ向かうという「ルーチン」の中に、毎回異なる自然と向き合う「変化」がある。 毎週のように海へ入っていると、季節の変化を水温から肌で感じることができる。 先週より水が冷たくなった。 逆に、少しずつ暖かくなってきた。 暦や気温の数字だけでは分からない季節の移り変わりを、体で直接感じ取ることができる。 この感覚は、海の中だけで終わるものではない。 水温の変化が分かれば、 「そろそろ服装を変えた方がいい」 「朝晩は一枚多く着た方がいい」 といった判断にもつながる。 季節の変わり目を早めに察知し、体調を崩さないように生活を調整することができる。 自然の変化を観察し、その変化に合わせて自分を調整する。 サーフィンを続けることで、私はそんな習慣を身につけたのだと思う。 波を見ることで、天候全体を見るようになる サーフィンをしていると、波だけを見るわけではない。 台風、雨雲、風、気圧。 自然と、天候全体を見るようになる。 台風がどこで発生したのか。 どの方向へ進んでいるのか。 その位置や進路によって、いつ頃から波が高くなるのか。 雨雲はどう動くのか。 風向きや風速はどう変化するのか。 こうした情報は、サーフィンをするうえで欠かせない。 だから日頃から天気予報を見るときも、 「晴れるか、雨が降るか」 だけではなく、 風向き、風速、気圧配置、台風の進路まで見るようになる。 すると、天気予報から読み取れる情報が増えていく。 今日は風が強くなりそうだから、電車や交通に影響が出るかもしれない。 雨雲の動きが速いから、外出する時間を調整した方がいい。 気温が高くても風が強ければ、体感温度は低くなるかもしれない。 つまり、 天気が「自分の生活に何をもたらすのか」まで考えられるようになる。 自然を相手にするサーフィンを続けているからこそ、天候の変化を早めに察知し、日々の行動を事前に調整できる。 これも、体調を崩さず生活できている理由の一つだと思う。 毎日、自分に問いかける 私が大切にしているのは、毎日の生活を安定させることだけではない。 ほぼ毎日、自分自身に問いかけていることがある。 「昨日の自分より、少しでも成長できているか?」 成長といっても、毎日大きな成果を出す必要はない。 昨日まで理解できなかったことが、少し理解できた。 仕事の進め方を、一つ改善できた。 相手に伝わる言葉を、以前より丁寧に選べた。 自分の考えを、少し深く整理できた。 それでいい。 自然の小さな変化に気づき、自分の行動を事前に変えられたことも、一つの成長だと思う。 日々の生活が同じように見えても、自分の中身まで同じである必要はない。 行動のリズムは一定でも、 考え方。 知識。 経験。 判断力。 これらは、毎日少しずつ更新していくことができる。 変化を楽しむために、変えないものを持つ 「成長するためには、常に新しいことをしなければならない」 そう考える人もいるかもしれない。 しかし私は、すべてを変え続ける必要はないと思っている。 起きる時間。 寝る時間。 仕事へ向かう時間。 家族と過ごす時間。 サーフィンを楽しむ時間。 自分にとって大切な生活の土台は、むしろ安定させた方がいい。 なぜなら、 変えないものがあるからこそ、変化に気づくことができるからだ。 毎週同じように海へ入っているからこそ、水温や風、波の違いが分かる。 毎日同じような生活を送っているからこそ、自分の体調や気持ちのわずかな変化にも気づくことができる。 基準となる**「いつもの状態」**があるから、何が変わったのかが分かるのである。 そして、変化に早く気づくことができれば、何かが起きてから対応するのではなく、起きる前に備えることができる。 ルーチンとは、思考を止めることではない。 変化を見つけやすくし、その意味を考え、次の行動を選ぶための土台なのである。 安定と変化は、反対ではない 規則正しく生きることと、変化を楽しむこと。 一見すると、反対のように見えるかもしれない。 しかし実際には、この二つは両立するだけではなく、互いを支え合う関係にあると思う。 安定した生活が、健康と心の余裕をつくる。 その余裕が、自然や周囲の小さな変化に気づく力を生む。 変化に気づくことができれば、次に起こることを考え、事前に備えることができる。 そして、その積み重ねが、新しいことを学び、変化を受け入れ、昨日より成長する力につながっていく。 私が目指しているのは、ただ同じ毎日を繰り返す生き方ではない。 生活には一定のリズムを持ちながら、自然や環境、自分自身の変化には敏感であり続ける。 健康を守る。 新しい知識や経験を取り入れる。 仕事でも私生活でも、少しずつ前に進む。 「変わらない毎日」が、変化に気づく力をつくる 毎日を大きく変える必要はない。 むしろ、変わらない部分があるからこそ、小さな変化が見える。 その変化に気づき、考え、少しだけ行動を変える。 そして昨日より、ほんの少し成長する。 その積み重ねでいい。 変わらない毎日が、変わり続ける自分をつくる。 変化を追いかけるのではなく、変化に気づける自分でいること。 そして、その変化を楽しみながら、成長へ変えていくこと。 それが、私にとって理想的な毎日の過ごし方である。
- 「70歳を過ぎても働きたい。」
70歳を過ぎても、挑戦は終わらない。 働くことが、生きる喜びになる時代が始まっている。 そんな時代が、もう始まっている。 私が子どもの頃、60歳や65歳という年齢は、「仕事を終える年齢」でした。 定年退職を迎え、退職金をもらい、年金を受け取りながら、趣味を楽しみ、旅行に行き、のんびり暮らす。 それが「成功した人生」であり、「幸せな老後」の象徴だったように思います。 私自身も、その価値観の中で育ってきました。 だから20代、30代の頃は、 「60歳を過ぎたら仕事は引退する」 そんな未来を、何の疑いもなく想像していました。 49歳になって変わった考え方 しかし、49歳になった今。 その考え方は180度変わりました。 むしろ私は、 70歳を過ぎても、80歳を過ぎても、自分が好きな仕事を続けていたい。 そう思うようになりました。 もちろん、生活のためだけに働くという意味ではありません。 好きだから続けたい。 誰かの役に立てるから続けたい。 自分自身が成長できるから続けたい。 まだ見たことのない景色を見たいから、挑戦し続けたい。 そんな働き方です。 「働く」という言葉には、どこか苦しいイメージがあります。 我慢する。 会社に行かなければならない。 生活費を稼がなければならない。 嫌なことでも耐えなければならない。 しかし、本来の仕事は、それだけではないはずです。 誰かに必要とされること。 自分の知識や経験を使って、人の役に立つこと。 自分ができなかったことを、少しずつできるようにしていくこと。 そこには、お金だけでは測れない喜びがあります。 昔と今では、年齢の意味が違う 昔と今では、社会そのものが大きく変わりました。 医療は進歩し、人が健康に生活できる期間も長くなっています。 AIが急速に普及し、仕事の内容や働き方も大きく変わっています。 かつては、体力や作業量が大きな価値を持つ仕事も多くありました。 しかし、これからは経験、知識、判断力、人との信頼関係、そして物事を構造的に考える力が、より重要になると思います。 つまり、年齢を重ねることが、そのまま弱みになる時代ではありません。 積み重ねてきた経験を活かすことができれば、年齢は大きな武器になります。 もちろん、過去の経験にしがみついているだけでは価値にはなりません。 昔の成功体験だけを語り、新しい技術や価値観を受け入れなければ、経験はむしろ成長を止める原因になります。 大切なのは、これまでの経験を持ちながら、新しいことを学び続けることです。 経験と好奇心。 この二つを持ち続けることができれば、70歳でも80歳でも、社会に価値を提供できるのではないでしょうか。 65歳で人生の本番は終わるのか 一方で、定年という制度だけを見ると、昔の価値観がまだ色濃く残っています。 60歳や65歳になったら一区切り。 もちろん、会社の制度として定年が必要な場合もあるでしょう。 しかし、人生100年時代と言われる今、本当に65歳で「人生の本番」が終わるのでしょうか。 もし100歳まで生きるなら、65歳からでも35年あります。 35年という時間は、決して短くありません。 新しい会社を一つ創ることもできます。 まったく違う技術を学ぶこともできます。 資格を取ることもできます。 本を書くこともできます。 新しい仕事を始めることもできます。 世界一周だってできます。 サーフィンだって、まだ何千回と海へ入れるかもしれません。 そう考えると、65歳で「引退」と決めてしまうことが、少しもったいなく感じるのです。 問題は、働くことではない ただし、70歳を過ぎても働く時代が良いと言っても、 「年金だけでは生活できないから、死ぬまで働かなければならない」 という社会を肯定したいわけではありません。 経済的な事情だけで、嫌な仕事を続けなければならない状態は、幸せとは言えません。 私が考えているのは、働くことを強制される社会ではなく、 働きたい人が、年齢に関係なく働ける社会です。 週に5日、朝から晩まで働く必要もありません。 週に1日でもいい。 一日に数時間でもいい。 誰かの相談に乗るだけでもいい。 自分の経験を若い世代へ伝えることでもいい。 文章を書くことでもいい。 地域活動に参加することでもいい。 誰かに価値を提供し、自分が社会とつながっていると感じられること。 それも立派な「仕事」だと思います。 49歳で新しい業界へ飛び込んだ 私は現在、新しい会社で金融ITコンサルタントとして働いています。 49歳で、これまでとは異なる金融業界へ飛び込みました。 金融業界での経験は、まだほとんどありません。 知らないことばかりです。 覚えることも山ほどあります。 会議に出れば、初めて聞く言葉もあります。 資料を読んでも、すぐには理解できないことがあります。 これまでの経験だけでは通用しない場面もあります。 それでも、毎日が新鮮です。 分からなかったことが、少しずつ分かるようになる。 点と点だった情報が、ある瞬間につながる。 昨日まで見えなかった構造が、今日は少し見えるようになる。 そこに、成長する楽しさがあります。 一つの仕事だけが人生ではない 一方で、創業した会社では、廃棄ペットボトルを活用した透明サーフボードという環境事業も続けています。 ブログも書きます。 本も出版しています。 SNSでも自分の考えを発信しています。 休日はサーフィンへ行きます。 20代の頃より、今の方が忙しいかもしれません。 しかし、不思議なくらい毎日が楽しいのです。 会社員か、経営者か。 仕事か、趣味か。 本業か、副業か。 以前は、そうしたものを明確に分けて考えることが一般的でした。 しかし、これからの人生は、もっと複数の役割を持ってもいいのではないでしょうか。 会社員として働きながら、事業を続ける。 仕事をしながら、本を書く。 サーフィンを楽しみながら、環境問題について発信する。 一つの肩書だけで、自分の人生を説明する必要はありません。 複数の仕事や活動を持つことが、長く働き続けるための支えになると思っています。 楽しい時は、成長している時 最近、あることに気付きました。 「楽しい」と感じる時は、自分が成長している時です。 最初はできなかったことが、できるようになる。 分からなかったことが、分かるようになる。 知らなかった人と出会う。 新しい考え方に触れる。 失敗しながらも、昨日より少し前に進む。 そういう時、人はワクワクします。 逆に、毎日がつまらないと感じる時は、成長が止まっている時なのかもしれません。 同じ仕事を繰り返していることが悪いわけではありません。 しかし、自分の中に変化がなく、学びもなく、挑戦もなくなってしまえば、仕事は単なる作業になります。 だから私は、仕事を辞めることを目標にはしません。 成長を辞めないことを目標にしています。 これからは「何歳まで挑戦するか」 昔は、「何歳まで働くか」が人生のテーマでした。 60歳まで働く。 65歳まで働く。 それからは老後を過ごす。 しかし、これからは違います。 大切なのは、 何歳まで働くかではなく、何歳まで挑戦したいか。 こちらの方ではないでしょうか。 年齢は、人生を制限する数字ではありません。 新しい挑戦を始める理由にもなります。 49歳だから遅い。 60歳だから遅い。 70歳だから遅い。 そんな時代ではなくなりました。 AIの登場によって、知識を得るスピードは大きく変わりました。 インターネットを使えば、世界中の情報に触れることができます。 オンラインで学び、発信し、商品を販売し、世界中の人と仕事ができます。 体力が落ちたとしても、知識や経験を使って価値を提供する方法は、いくらでもあります。 だからこそ、挑戦しない理由を年齢に求める時代ではないのです。 私は100歳でもサーフィンをしていたい 私は150歳まで生きたいと思っています。 そして100歳で現役サーファーとして、ギネス世界記録に挑戦したい。 一見すると、冗談のように聞こえるかもしれません。 実際に150歳まで生きられるかどうかは、誰にも分かりません。 100歳でサーフィンができる保証もありません。 それでも、大きな目標を持つことには意味があります。 100歳でもサーフィンをしたいと思えば、今日の健康を大切にできます。 70歳でも仕事をしたいと思えば、今から新しい知識を学べます。 80歳でも誰かの役に立ちたいと思えば、今から人との信頼関係を大切にできます。 未来の目標が、今日の行動を変えてくれるのです。 目標がある人は、毎日に意味が生まれます。 夢がある人は、年齢を言い訳にしません。 「老後」ではなく、人生が続いていく 昔は、「老後」という言葉がありました。 現役時代が終わり、その後に老後が始まる。 人生が二つに分かれているような考え方です。 しかし、これからは「第二の人生」ですらないのかもしれません。 仕事をしている時も人生。 会社を辞めた後も人生。 新しい仕事を始める時も人生。 趣味に夢中になる時も人生。 誰かを支える時も人生。 人生は途中で区切られるのではなく、そのまま続いていきます。 だから私は、 「何歳まで働くか」ではなく、 「何歳までワクワクし続けられるか」 を大切にしたいと思っています。 70歳を過ぎても。 80歳を過ぎても。 誰かの役に立ち、自分自身も成長を楽しみながら生きていく。 仕事と遊びを完全に分けるのではなく、どちらにも夢中になれる人生を送る。 そんな人生の方が、私は幸せだと思っています。 働くことが苦痛ではなく、生きる喜びの一つになる時代。 年齢を重ねることが、衰えることではなく、経験を積み重ねることになる時代。 そんな新しい価値観が、すでに始まりつつあるのではないでしょうか。 あなたは、70歳になったとき、どんな毎日を送っていたいですか。
- なぜ多くの人は継続できないのか
結果を追いかける人は途中でやめる。未来を信じて積み重ねる人だけが、継続という最大の武器を手に入れる。 「継続が大切。」 この言葉を知らない人は、ほとんどいないでしょう。 それでも、多くの人が途中でやめてしまいます。 ダイエット、英語学習、筋トレ、ブログ、YouTube、SNS、資格取得、起業…。 始める人は多いのに、続けられる人はほんの一握りです。 では、なぜ継続できないのでしょうか。 私は、その理由は意志の弱さではないと思っています。 継続できない本当の理由 多くの人は、何かを始めるときに「結果」を求めます。 「すぐに収益化したい。」 「すぐにフォロワーを増やしたい。」 「すぐに有名になりたい。」 もちろん、お金を稼ぐことも、評価されることも悪いことではありません。 しかし、それが目的になってしまうと、思うような結果が出なかった瞬間に心が折れてしまいます。 再生数が伸びない。 フォロワーが増えない。 商品が売れない。 すると、「これは違った」と次のことを始めます。 また結果が出なければ、さらに別のことへ。 この繰り返しでは、どんな分野でも大きな成果を生み出すことは難しいでしょう。 本当に重要なのは「何を続けるか」 私は、「継続すれば必ず成功する」とは思っていません。 大切なのは、自分が長く続けられ、将来も価値があると思えるものを選ぶことです。 そのためには、自分自身に問いかける必要があります。 5年後も続けたいと思えるか。 10年後でも情熱を持って取り組めるか。 誰かの役に立つテーマなのか。 この問いに自信を持って「はい」と答えられるなら、短期的な結果に振り回される必要はありません。 成功は、ある日突然ではない 「あの人は急に成功した。」 そんな言葉を耳にすることがあります。 しかし、本当に突然成功した人はほとんどいません。 何百本もの動画。 何百本ものブログ。 何千時間もの試行錯誤。 その積み重ねが見えなかっただけで、ある日、多くの人の目に触れるようになっただけなのです。 成功とは、積み重ねが一気に評価される瞬間なのだと思います。 継続は、自分で選ぶもの 私は、新しいことを始める前に、自分へ一つの質問をします。 「これは10年続けられるだろうか。」 もし答えが「はい」なら始めます。 そして、一度始めたら簡単にはやめません。 結果が出ない時期があっても、自分が選んだ道を信じて歩み続けます。 なぜなら、本当の勝負は数週間でも数か月でもなく、数年という時間の中で決まることを知っているからです。 私自身も、愚直に続けています 私も特別な人間ではありません。 だからこそ、「続けられるものを選ぶ」ことを大切にしています。 Facebookでの発信は長年続けています。 会社のブログも、2年以上にわたり書き続けています。 Instagramも継続しています。 そして何より、サーフィンは長年、自分の人生の一部として続けてきました。 どれも「すぐに結果が出るから」続けているのではありません。 自分で選び、自分が楽しめるから続けている。 私は、それこそが継続の本質だと思っています。 人生は短距離走ではなく、長いマラソンです。 だからこそ、一時的な流行や一攫千金を追いかけるよりも、自分が心から続けたいと思えることを見つけ、その道を愚直に歩み続けることが、結果として大きな価値につながるのではないでしょうか。 あなたが今取り組んでいることは、10年後も続けたいと思えることでしょうか。 もし答えが「はい」なら、その選択を信じて続けてみてください。 その積み重ねは、きっと未来のあなたにしか作れない価値になっているはずです。 モチベーションブログ↓ https://www.laughtey.com/blog 奥村哲次について 精巣がんStage4から復活 ITコンサル歴20年以上 著書2冊 Business Plus連載 Time Craft Consulting創業者 透明サーフボード開発 人生を通して学んだ 「仕事」「時間」「挑戦」 について毎週発信しています。 ▶ 無料会員登録はこちら
- 顧客第一。それは本当に顧客のためになっていますか?
「顧客第一」の本当の意味を、もう一度考えてみませんか。 はじめに この文章は、金融業界だけの話ではありません。 小売業でも、IT業界でも、コンサルティングでも、経営者でも、これからコンサルタントを目指す学生でも。 「顧客第一」という言葉を掲げる、すべての組織、そしてすべての働く人に問いかけたい内容です。 私は20年以上、コンサルティングの現場に携わってきました。 その中で、一つだけ強く感じていることがあります。 「顧客第一」を掲げながら、その実態は「契約維持第一」「売上第一」になっていないでしょうか。 顧客第一を否定したいわけではない もちろん、私は顧客第一を否定しているわけではありません。 むしろ、本当に顧客の未来を考えるのであれば、ときには耳の痛いことでも伝える勇気が必要だと思っています。 それが、本当の意味で顧客に価値を提供することだからです。 しかし現実には、 顧客に嫌われたくない。 契約を失いたくない。 売上を落としたくない。 という理由から、本来伝えるべきことを伝えず、忖度や迎合が当たり前になってしまう場面を目にすることがあります。 私は、その働き方に強い違和感を覚えます。 コンサルタントの役割とは何か さらに問題だと感じるのは、そのような姿勢を**「真のコンサルティング」**として従業員に許容させ、正当化してしまうことです。 私は、それは違うと思います。 本来、コンサルタントとは、顧客にとって都合の良い人ではありません。 顧客が本当に成功するために必要なことを伝え、実現できる形で支援する存在です。 私は、絵に描いた餅のような資料も作りません。 実現できない提案は、提案ではなく自己満足だからです。 現場で実行され、成果につながって初めて、その提案には価値があります。 だからこそ、迎合して気持ちよく終わる会議よりも、本質的な課題に向き合う対話のほうが重要だと考えています。 顧客だけでなく、従業員も大切にすべきではないか そして、もう一つ忘れてはいけないことがあります。 会社は顧客のためだけに存在しているわけではありません。 そこで働く従業員もまた、大切な存在です。 会社員は、平日の勤務時間だけを会社に使っているわけではありません。 通勤時間、仕事の準備、仕事による疲労から回復する時間まで含めれば、一日の大半を仕事に費やしています。 人生という限られた時間を会社へ提供し、その対価として給与を受け取っています。 つまり、従業員は、自分の人生の大きな時間を会社に預けているのです。 だからこそ、その貴重な時間の中で、自分の信念や価値観まで犠牲にし、忖度や迎合を求められるのであれば、それは健全な組織とは言えません。 本当に強い会社とは 私は、顧客を大切にすることと、従業員を大切にすることは、対立するものではないと考えています。 本当に優れた会社とは、顧客にも誠実であり、従業員にも誠実である会社です。 利益は企業が存続するために必要です。 しかし、その利益が、従業員の迎合や忖度、自分らしさを失うことでしか生み出せないのであれば、そのビジネスモデルは一度見直すべきではないでしょうか。 本当に強い会社とは、忖度や迎合がなくても顧客から選ばれる会社です。 私が目指すコンサルティング 私は、自分の信念を曲げて契約を守る仕事ではなく、顧客に本当の価値を届けた結果として利益が生まれる仕事をしたい。 そして、その姿勢こそが、顧客・会社・従業員の三者すべてを幸せにする、持続可能なビジネスのあり方だと信じています。 最後に この文章は、誰かを批判するために書いたものではありません。 金融、小売、IT、コンサルティング業界、そして経営者や、これから社会に出る若い世代の皆さんに、「本当に価値ある仕事とは何か」を、一度立ち止まって考えるきっかけになれば幸いです。 もしこの記事を読んで、「顧客第一」の意味を改めて考える時間になったのであれば、私にとってこれ以上うれしいことはありません。
- なぜ人は人生を諦めてしまうのか
──夢を与えた日本代表の姿を見て、私が考えたこと── 夢は勝敗だけでは生まれない。本気で挑戦する姿が、人の人生を動かす。 深夜2時。 私は2026年ワールドカップ、日本代表の試合を最後まで見ていました。 結果は2対1で敗戦。 それでも試合終了後、不思議な光景がありました。 SNSでもテレビでも、 「日本、よく頑張った。」「胸を張って帰ってきてほしい。」「感動をありがとう。」 そんな言葉であふれていました。 昔なら違いました。 「あの選手が悪い。」「監督の采配ミスだ。」「やっぱり世界との差は大きい。」 負ければ誰かを責める声が目立っていたように思います。 しかし今回は違いました。 世界も、日本代表を称えていました。 それだけ、本気で挑戦する姿が人の心を動かしたのだと思います。 そして、一人のインタビューが私の心に残りました。 「僕も人生を諦めずに頑張ろうと思いました。」 その一言を聞いて、私は考えました。 「ああ、この試合は夢を与えた試合だったんだ。」 サッカーで勝ったこと以上に、多くの人に勇気を与えた。 それが、この大会の価値だったのだと思います。 私は人生を諦めたことがない そこで、私は逆に不思議に思いました。 「人生を諦める」とは、どういう感覚なのだろう。 正直に言うと、私は人生を諦めたことがありません。 もちろん失敗は山ほどあります。 中学1年では178人中175位という成績でした。 がんにもなりました。 狭心症にもなりました。 頚髄損傷も経験しました。 会社経営も決して順風満帆ではありませんでした。 それでも、一度も 「もう無理だ。」 と思ったことはありません。 なぜなら、 今できなくても、できるようになればいい。 そう考えてきたからです。 「できない」と「諦める」は違う 多くの人は、 できないことがあると、 「自分には向いていない。」 と考えます。 でも私は違います。 できないなら、 勉強する。 練習する。 挑戦する。 少しだけ昨日より前に進む。 それを繰り返すだけです。 だから、 「今はできない。」 と思うことはあっても、 「一生できない。」 とは思ったことがありません。 人生は、一気には変わらない 人は、 一夜で変わることを期待します。 でも現実は違います。 今日より明日。 明日より来週。 来月より一年後。 その小さな積み重ねが、 数年後には別人のような人生になります。 私がITコンサルタントになれたのも、 サーフィンが上達したのも、 会社を作れたのも、 特別な才能ではありません。 諦めずに積み重ねただけです。 日本代表が教えてくれたこと 今回の日本代表は、 優勝したわけではありません。 でも、多くの人に勇気を与えました。 本気で挑戦する姿は、 結果以上の価値を持つことがある。 私はそう感じました。 だからこそ、人生も同じだと思います。 誰かと比べる必要はありません。 昨日の自分より一歩前へ進めばいい。 その挑戦する姿が、 家族や仲間、そして誰かの勇気になるかもしれません。 最後に 私は49歳になった今でも、新しい挑戦を続けています。 透明なサーフボードを作ること。 ITコンサルティングで新しい価値を生み出すこと。 100歳でサーフィンを続けること。 150歳まで生きるという夢に挑戦すること。 笑われても構いません。 挑戦をやめた瞬間、人は本当に老いるのだと思っています。 だから私は今日も挑戦します。 人生を諦める理由は、一つも見つからないからです。
- 毎日、自分に問いかけ続ける。
昨日の自分を超えることだけが、本当の成長。今日も、自分自身に問いかけ続ける。 ── 今日の私は、昨日より成長したか。 ── ■ はじめに 人生は、思っている以上に早く過ぎていきます。 昨日と同じような毎日を過ごしていると、気が付けば一週間が終わり、一か月が終わり、一年が終わっています。 忙しい毎日の中で、本当に大切なことを忘れてしまうこともあります。 だから私は、一つだけ忘れないようにしたい言葉があります。 「今日の私は、昨日より成長したか。」 これは誰かのためではありません。 未来の自分自身へ問いかけ続ける言葉です。 ■ 成長したいと思い続けてきた人生 人生を振り返ると、私はこれまで何度も「成長したい」という言葉を口にしてきました。 勉強もそうでした。 仕事もそうでした。 起業もそうでした。 病気を乗り越えた経験も、サーフィンも、新しいことへの挑戦も、すべて「昨日の自分を超えたい」という気持ちが原動力でした。 しかし、最近ふと考えることがあります。 人は、本当に毎日成長できているのだろうか。 毎日忙しく過ごし、一日が終わる頃には疲れ切っている。 気が付けば一週間が終わり、一か月が終わり、一年が終わっている。 そんな日々を過ごしていると、「成長したい」と思っていたはずなのに、目の前の仕事や生活をこなすだけで精一杯になってしまうことがあります。 ■ 私が決めた、たった一つの目標 だから私は、一つの目標を決めました。 「毎日、自分に問いかけ続ける。」 その問いは、たった一つです。 「今日の私は、昨日より成長したか。」 この問いに正解はありません。 誰かに評価してもらうものでもありません。 SNSの「いいね」の数でもありません。 会社での役職でもありません。 年収でもありません。 比べる相手は、昨日までの自分だけです。 昨日より少しでも冷静に考えられた。 昨日より少しでも相手の話を最後まで聞けた。 昨日より少しでも新しい知識を身につけた。 昨日より少しでも感情をコントロールできた。 昨日より少しでも失敗から学べた。 もし、一つでも「できた」と思えることがあるなら、その一日は価値のある一日です。 ■ 成長は、順風満帆な時だけではない 反対に、うまくいかない日もあるでしょう。 イライラしてしまう日。 失敗する日。 思うような結果が出ない日。 「今日は全然だめだったな」と思う日もあります。 でも、それで終わりではありません。 その事実に気づけたということは、次に改善できるということです。 私はこれまでの人生で、決して順風満帆だったわけではありません。 思い描いた通りに進まなかったことも数え切れないほどあります。 苦しい時期もありました。 壁にぶつかったこともありました。 それでも振り返ると、自分を一番成長させてくれたのは、「うまくいった経験」だけではありませんでした。 むしろ、思い通りにならない時間や、自分自身と向き合わなければならなかった時間が、人としての器を少しずつ広げてくれたように思います。 だから今は、どんな一日であっても無駄にしたくありません。 楽しい日も。 苦しい日も。 忙しい日も。 穏やかな日も。 そのすべてを、自分の成長につなげたいと思っています。 ■ 一ミリの成長が、一年後の自分を変える もちろん、人は毎日劇的に変わるわけではありません。 昨日より一〇〇点良くなることはないでしょう。 でも、一ミリでも前に進めたなら、それは立派な成長です。 その一ミリを積み重ねた一年後は、きっと想像以上に大きな変化になっています。 私たちは未来を完璧に予測することはできません。 これからどんな出会いがあるのか。 どんな仕事をするのか。 どんな挑戦をするのか。 それは誰にも分かりません。 だからこそ、未来を心配するよりも、今日という一日に集中したい。 今日、自分は何を学んだのか。 今日、自分はどんな考え方を身につけたのか。 今日、自分はどんな人間になれたのか。 その積み重ねが、未来の自分をつくっていくのだと思います。 ■ おわりに この文章は、誰かを励ますためだけに書いたものではありません。 未来の自分自身へのメッセージでもあります。 忙しくなった時。 迷った時。 立ち止まりそうになった時。 この文章を読み返し、自分に問いかけたいと思います。 「今日の私は、昨日より成長したか。」 もし胸を張って「はい」と言えたなら、その日は最高の一日です。 もし「まだ足りない」と思ったなら、それもまた明日への成長の種です。 人生は、誰かとの競争ではありません。 昨日の自分を少しずつ超えていく、その積み重ねこそが、本当の成長なのだと私は信じています。 だから、私の目標はシンプルです。 毎日、自分に問いかけ続ける。 「今日の私は、昨日より成長したか。」 この問いを忘れない限り、どんな環境にいても、私は前へ進み続けられると信じています。











